「こっそり変更された年数記述」

(7-27-03)

  わたしは3月4月に1914年の世代と拠点について二つの投稿をさせていただきま
したが、そのときに書き加えようとして思い出すことができなかったことがあります
ので、その追加として、新世界訳聖書の付録に現れている人知れずに削除された年数
記述について書いてみたいと思いました。もちろんご存知の方もいらっしゃるでしょ
う。

 それは、日本語版の新世界訳聖書の1982年版と1985年版の付録に現れている記述
で、わたしが聞いてみた限りではご存知の方はいませんでした。これらの日本語訳も
本文の中でも多少ですが訳が異なるところもありますし、挿入句の加筆や削除もあり
ました。

 それは1982年版では1972ページの聖書の各書の一覧表で、扱われている期間のこと
です。その創世記のところで扱われている期間が「1章2節以後:46,026年−1657年」
とされています。もちろんこれは西暦紀元前の意味です。おなじく、1985年版では
1928ページで『「初めに」から1657年まで』と記述されています。これらは、同じよ
うにも見えますが、わたしはこれらについてしばし考察してみました。

  「聖書はほんとうに神のことばですか」(旧版1969年発行、ライブラリーには収
録されていないp18-19)を要約しますと、創世記の創造の記録は一個の惑星である地
球について述べているのであって宇宙全体についてではない。創造の六日という期間
はすでに地球として存在していた惑星を人類のすみかとすることに関して述べられて
いる。1節の述べる初めにから3、4節の述べる第一日の開始までどれほど経過したか
については沈黙している。事実、第七日の長さをもとにして言えば、創造の各期間も
しくは一日は7,000年と考えられる、と説明しています。

  この一日の期間が7,000年であるというのはアダムが創造されてから1975年まで
と残された1,000年統治の期間を加えるところから現れたのでしょう。この7,000年に
ついてはライブラリーの2001年版で検索すると目ざめよ、ものみの塔の33の号に出現
しています。この創造の記述と無関係の記事もあるのですが、1970年から1997年まで
に出現しており、創造の期間の直接的な説明として最後のものは1987年1月1日号で30
ページに現れています。



「第二に,聖書預言の成就に関する研究,および時の流れの中でわたしたちの占める
位置に関する研究によってかなりはっきり分かっているのは,創造の日(創世記 1
章)は各1日が7,000年であるということです。また,神の7,000年間の『休みの
日』,つまり創造の週の最後の『日』はキリストの千年統治によって終わりを告げる
ことが分かります。(啓示 20:6。創世記 2:2,3)このような論拠からすれば,創造
の週全体は4万9,000年ということになります。」



「したがって,神が地球上の物的創造を休んでおられる,偉大な「第七日」は,アダ
ム以来の聖書歴史およそ6,000年に,黙示録 20章1‐6節の示す,キリストの統治す
る,きたるべき1,000年を加えた期間となります。それで,この偉大な創造の七
「日」間のうち,他の六日の各が最後の1日と同じ長さであるとすれば,各の日は
7,000年の長さであったに違いありません。」-目ざめよ 1971.2.1p68-71

    第七日目がほんとうに7,000年であれば、創造の七日間は4万9,000年ということ
になります。しかし、組織は1975年の預言がはずれたときに人間の創造をもってつま
りアダムだけでなくエバの創造を終えてから第六日目が終了し第七日目が始まったと
していました。それで、アダムの創造を基点として第七日の期間を算定するのであれ
ば、6,000年+エバの創造までの期間+1,000年=7,000年+αとなり、エバの創造を基
点とするのであれば、6,000年-エバの創造までの期間+1,000年=7,000年-βとなりま
す。要するに7,000年より多いか少ないかのどちらかなのです。でも、ぴったりの可
能性も残されています。しかしながらどれかはわからないのです。4026年を基点にす
るとアダムの創造からことしの時点では6028年ぐらい経過したことになります。も
し、7,000年ちょうどですと46,026年に創造を開始しなかったことになるでしょう。
それより後になると思います。

  そのようなわけで1985年版のように具体的な数字を示さないほうが正確な記述に
なると思います。アダムの創造は西暦前4026年とされていますので、一日を7,000年
とするのであれば、49,000年という数字を算出して地球を人類のすみかとするための
エホバの仕事が49,026年に始まったことになるのですが、7,000年にプラスかマイナ
スの年数を考慮しなければならないとなると、その49,026年に創造を始めたと主張す
るのはできなくなると思います。

  科学が述べるように何十億年という地球の年齢を考慮すると50,000年に満たない
その数字はほんのひとしずくのような気がしますが、100年も生きられないわたしに
とっては途方もない数字でもあるのです。わたしにとっては49,000年でも50,000年で
もよいのですが、組織が創造の一日を7,000年としたあやふやな表現もありますが、
かなり断定的に主張していたのに、聖書の付録から削除してこっそり書き換えたこと
には興味があります。

  その理由として、1999年11月1日号のものみの塔でエホバの証人にとって法律な
どで義務とされている国や地域において事実上選挙で投票することが解禁になりまし
たが、最近この事実を長老三人も含めて10人以上の人にその記事や事実を知っている
のかどうか聞いてみたのです。驚いたことに誰も知りませんでした。もちろん知って
いる人もいるでしょうが、わたしは長老という指導的な立場にいる人たちまで、それ
ほど大切な変更を知らないことにショックを受け呆然としました。その記事以降、選
挙が事実上解禁になったということは出版物や集会でほとんど語られていません。

  こうした現実を考慮すると、質問をされて返事に困るような真理はこっそり捨て
去られて新しい差しさわりのない真理に置き換えられていくのだろうと思います。ほ
とんどの人は気がつきません。

  また、1985年版と1982年版はどちらが正確な解釈かと考えてみますと、おそらく
は新しいほうでしょう。年数が不明なのですから記述しないほうがよいと思います。
7,000年を残しておくと1975年の解釈も、エバの創造された時期までの年数分だけプ
ラスかマイナスにずれると考えられますので、1982年版の記述を根拠にしてもう一度
1975年ハルマゲドン説のことを、数え始めた基点が不明だったのにどうしてあれほど
強く主張したのかという説明を要求される可能性があると思うのです。

  現在のわたしにとっては、年代記述のことは大きな問題ではありませんが、試み
として協会に質問してみようかとも思いました。でもこれまでの傾向からするとほぼ
100%返事はないと思います。

  わたしは広場の投書を読んでいて感じることは、編集者の村本さんはどうしてあ
れほど懇切ていねいな返事を書くことができるのだろうかということです。わたしは
投書を読んでいて村本さんに対して失礼だと感じるものがあると思います。わたし
だったらどのように返事をしてよいのかまったく見当もつかないものもあります。そ
れでも、長文の返事を書いてくださるのです。

  わたしは、そのように誠意のある返事を書くことによって、組織が自分たちの都
合の悪いことに返事をしないことが、いかに不誠実なことかをことばと行ないによっ
て示してくださっていると思います。わたしは、わからないという返事でもよいと思
います。世の中には解答が存在しないものもあります。たとえそうであっても、努力
して返事をする人に誠実さを感じるのではないでしょうか。たとえ、間違いや誤りが
あっても、謝罪して訂正すればよいのですから…。

  わたしは投書するたびに感謝のことばを書きませんが、常に感謝して敬意を抱い
ていることをお伝えしたいと思いました。これからも、お体を大切にし、わたしたち
悩める者のためにサイトを継続していただきたいと思います。よろしくお願いいたし
ます。

  この投書で六つ目となります。わたしの投書に対してこのウェブで意見を述べて
くださった方もいました。直接であれば、もっとさまざまな意見も聞くことができる
と思いますので、ペンネームとメールアドレスを述べておきたいと思います。ペン
ネームはラハムです。アドレスは kenbouoh@ybb.ne.jp です。できうる限りご返事
しますのでよろしくお願いいたします。

《編集者より》
協会の出版物は、年が新しくなるほど、年代計算をうやむやにする傾向があります。あたの指摘された1982年版と1985年版の違いもその良い例ではないでしょうか。協会の年代計算は、1914年も、アダムの創造も、天地の創造も、その年代は全て妄想的聖書解釈に基づく作り話ですが、近年までは、この欺瞞を情報統制によって隠すことができました。ほとんどのエホバの証人は高等教育を禁止され、「世の知恵」は間違っていると教えられていましたから、たとえ本やテレビで地球や人類の歴史の科学的な話を聞いても、「エホバの組織が正しく、世の知恵が間違っている」と固く信じてきました。しかし、その後大学教育の解禁と情報化社会の到来で、このような欺瞞は到底隠しきれるものではなくなり、むしろものみの塔協会の恥さらしとなってきました。何しろアダムが創造されたと称する6000年前には、人類の創造どころではなく、人類の初期の文明が始まりかけていました。宇宙の創造があったと称する四万年から五万年前には、人々は既に石器を使って動物を殺して肉をとって食べ、その骨で針や道具を作っていたことは現代の考古学では揺ぎ無い事実となっています。(実は考古学の知見も少しずつ変更が加えられていますが、その変化は全てより古い年代に変更されているのですから、ますます協会の年代計算が子供だましのおとぎ話に見えてきます。)高等教育を受けた知識人の一部のエホバの証人にとっては、協会の年代計算は恥ずかしくて話にもならないものとなってきました。このような事態に、ものみの塔協会の指導部は何をしたかというと、年代計算に更に新たな解釈をつけるのでなく、何となくうやむやにしてそのことには深入りしないという態度に出ているのです。これ以上馬鹿げた計算を続けることは、自分たちの知性の欠如をさらけ出す恥さらしになることを薄々悟ったのではないかと思います。最近のものみの塔の出版物で、このような露骨な年代計算をしたものは見なくなりました。しかし、この年代計算こそが、ものみの塔協会の欺瞞の最も明らかなものの一つであり、私はこの問題をうやむやにせずに、徹底的に明らかにしてエホバの証人の人々に知らせるべきであると考えております。

ラハムさんには何度も質の高い投書をしていただきありがとうございました。またとても親切な言葉を頂き、恐縮しています。あなたこそ、多くのエホバの証人、元証人のために今後も書きつづけて下さい。