「人の為にもならない、自分のためにもならないエホバの証人活動生活」−P98より

(6-13-03)

久しぶりに投稿させていただきます。
私もエホバの証人になって以来二十数年、活動に熱意を込め
色々な特権にもあづかってきました。過去を色々振り返ると全く
馬鹿な人生を送ってきたモノだと可笑しくなります。
しかしある面では聖書をよく学び神の考えに照らし聖書を生活に
活用できてきたことは大きな益となってきました。しかしそれ以外
は益とならなかった部分が殆どではなかったでしょうか、なぜでし
ょうか、それは聖書の道理や目的ではなくものみの塔協会の信者獲
得優先主義によって人生を形作ってしまったからです。
協会の出版物はどれをとってもその結露は「何をさておいても宣
べ伝えよ他のことは何もしなくて良い!!」なのです。
王国奉仕を第一にして自分の生活を簡素にし1時間でも多く証言
出来るように自分を制御し自制し切りつめいったい何になったのか、
何も得たモノはないのです。
確かに自分の研究生を持ち進歩させエホバの証人へと導いた人
が何人もいるかもしれません、しかしそれは喜びですか?Noです。
導いた人も必ず同じ道を歩んで自分と同じようなむなしさを味わう
ようになることは必定です。
中には余り深く考えないで協会の導き方を喜んでいられる人もいる
のは確かです。しかし少し考えるなら分るはずです。
歳も行って来ると将来への不安が増していくのではないでしょうか、
世界の奉仕報告から分るようにハルマゲドンが近年中に来るとは考
えられません。まだ中晩にも入っていないと見ます。自分の人生計
画をそっちのけにして大変不安定な生活を老後まで
続け死んでゆくのです。確かにそれで「自分は満足だ信仰を貫いた」
と言う人もいることでしょう。しかし俺は何だったんだと思う人の
方が遙かに多いのです。その点を考えると宣べ伝えるのも考えもの
です。(エホバと聖書の音信は伝える必要があるでしょうが、)あ
る意味で人の人生を台無しにしかねません
自分がせっせと伝道して育てた研究生も同じ道をたどり自分が
霊的に一生懸命育て上げたと思っている自分の子供たちもエホバに
仕えていると思いながら協会のために働き狭い良識と経験不足の不
安定な一生を終わっていくのです。
ソロモンの言葉ではないですが「すべてはむなしい」とは末端信者
のエホバの証人のことなのです。
聖書的平衡を持った見方が出来ない、考えないエホバの証人がなん
と多いことでしょう。
                   P 98  より

《編集者より》
私も伝道活動の危険性にP98さんと同様、危惧の念を持っています。人々を病気から救う良薬を、家から家に配っていると信じているなら、その行為は素晴らしい満足感を与えるでしょう。でも、そのばら撒かれている薬に、もし少しでも毒物が入っている可能性があったら、あなたは、「まあ、これは多分いい薬だから」と言ってそのまま訪問活動を続けるでしょうか。大部分の人は安全を考慮して、ひとまず薬の配布だけはやめるのではないでしょうか。最近の薬害訴訟の例を見ても、ある薬の危険性が少しでも知られている時に、それを無視して使用し続けた場合に悲劇が起こっています。私も、ここを訪れる多くのエホバの証人に考えて頂きたいのは、もし様々な情報から、ものみの塔協会が世界中に宣べ伝えている事柄は、実は真理でもなんでもなく、うまく作り上げたにせグスリの可能性があるかも知れない、と思ったら、その時点でひとまず、人にこの教えをすすめる活動だけでも停止してもらいたいと思います。そのことが、更なる悲劇の可能性を少しでも減らすことができるからです。一方、P98さんのように、既に自分が多くの人をこの悲劇に送り込んだ実績を持つ方々には、P98さんのように、投書などの活動を通じてそのような人々が組織を離れられるように支援していくことが、最大の「罪滅ぼし」になるのではないかと思います。