「2つの級はいつからあったのか様へ(別の翻訳より)」−くらら

(6-7-03)

こんにちは。エホバの証人をやめて以来、聖書も普通のにしました。
ちなみに新共同訳ではこうなっています。
フィリピ1:1。キリストの僕であるパウロとテモテから、フィリピにいて、キリストイ
エスに結ばれているすべての聖なるものたち、ならびに監督たちと奉仕者たちへ。
コロサイ1・1:2コロサイにいる聖なるものたち、キリストに結ばれている忠実な兄弟
たちへ。
コリント1,1:2コリントにある神の教会へ、すなわち至る所で私たちの主イエス・キ
リストの名を呼び求めているすべての人とともに、キリスト・イエスによって聖なるもの
とされた人々、召されて聖なるものとされた人々へ。
コリント2,1:1神の御心によってキリスト・イエスの使徒とされたパウロと、兄弟テ
モテから、コリントにある神の教会と、アカイア州の全地方に住むすべての聖なるものた
ちへ。
どんな印象を受けられますか・・・・
なんだか、2つの級というよりも級に分ける必要がそもそもないような気がしてくるので
すが・・・どの翻訳が正しいかなんて知りませんが、少なくともエホバの証人のよりは信
頼できると思うのですが・・・。
なんだか、エホバ訳のはいらない接続詞がついてる気がするのですが・・・
どう思われますか?
くららより
P・S管理人様いつもありがとうございます。このようなHPを作って下さり感謝してい
ます。お体にはお気をつけて下さいませ。

《編集者より》
これは、下の二つの投書と同じくららさんから、「二つの級はいつからあったのか」の投書に対して寄せられたものです。聖書が一つ以上の信者の「級」に言及しているのは、上にリンクした前の投書に書かれている通りです。これはエホバの証人の「二つの級」の根拠になっているだけでなく、カトリックや他のキリスト教派の聖職者と一般信徒の区別との根拠にもなっていると思います。しかし、その一方で、たとえば、ガラテアの次の部分を読めば、全ての信者はイエス・キリストの下にあっては全て「神の子」として区別はないことを述べています。

*** 聖8-参 ガラテア 3:26-29 ***
26 現にあなた方は皆、キリスト・イエスに対する信仰によって神の子なのです。27 キリストへのバプテスマを受けたあなた方は皆キリストを身に着けたからです。28 ユダヤ人もギリシャ人もなく、奴隷も自由人もなく、男性も女性もありません。あなた方は皆キリスト・イエスと結ばれて一人の[人]となっているからです。29 さらに、キリストに属しているのであれば、あなた方はまさにアブラハムの胤であり、約束に関連した相続人です。
私は、この点も他の多くの点と同じ様に、解釈と強調の問題であろうと思っています。「いらない接続詞」については具体的な例を挙げていただけると分かると思いますが。