組織についての疑問

(6-3-03)

      2世の者です。4年以上はなれていて最近研究をしていますが、疑問に思うこ
とがあり、メールしました。大変失礼だとは思いますが、自己紹介などは省き、疑問
だけを書かせていただきます。

      私の基本的な疑問は次のようなものです。事実として誰かご存知であれば教え
て欲しいと考えています。
      多くの信者は統治体の決定に盲目的に従い、異議を唱えません。そうすること
は、きれいに言えば、「信仰」があることなのであり、悪く言うなら排斥になりそう
な態度を他の人に示すことで実際に組織から離れたくない態度の表れであると言えま
す。ここで多くの信者が「信仰がある」というのは、聖書が不完全であることを示し
た人間が構成する組織である統治体を信頼する行為のことです。「聖霊が注がれてい
る」とか、「エホバが導いている」とか、等等様々な表現で統治体のことを信頼する
源であると顕示する教義がありますが、百歩譲って統治体が聖霊に導かれている組織
であると認めても、その意思決定プロセス(多数決なのか、合議の満場一致の決議を
要求するのか、などなど)がまったく明確ではなく、信者にさえその議事が明らかに
されないのは参加が任意の全体主義であるとは言えます。

      私は、組織から離れて4年以上になり、最近になって再び研究を始めました。
しかし、この疑問が頭から離れず、色々と資料をあたっています。フランズ氏の著書
なども読んでみましたが、書かれているような意思決定が現在あるのか、それともそ
のようなプロセスに変更が現在なされているのか、知りたいのです。「集まりあうこ
とをやめたりせず、その日が近づくのを見てますますそうしようではありません
か」、という言葉を見るにつけ、集まりあうことを辞めた自分が嫌になります。しか
し、上のような疑問が解消されなければ、この組織が意図した集まりの形態であると
は思えない自分がいます。誰かご存知の方がいらっしゃれば、公開、未公開の情報を
教えてくださるようにお願い致します。

《編集者より》
ご質問は、現在の統治体が、フランズの時代と同じ様な意思決定を行なっているのか、ということですが、これについては、統治体員か、その側近でない限り、確かな答えは与えられないと思います。数年前までのことですが、当時の「側近」であった人に聞いた限りでは、やはり多数決の原則は変わっていないそうでした。なお、「集まりあうこと」を文字通り実行していないことを悩んでいるようですが、これについては「理解できました、ではどうすればいいのでしょう」−ものみの塔の3つの命令の投書で少し触れていますので、読んで下さい。