(5-17-03)
駅前通りにさしかかる前には、雨に換わっていた。 "春に三日の晴れなし"と、今朝の天気予報で聞いたばかりである。 急がなければ、神権学校が終わってしまう。 どうしても"発表"の前には、王国会館に着きたい。 "7会衆合同2階建て王国会館建設プロジェクト"の大事な発表があるはずだ。 改札口の券売機に慌ててコインを放り込むと、 どうしたわけか、スルリと戻ってきてしまった。 焦ってもう一度入れなおす。が、結果は同じ。 何故? と思い、よく見ると、 投入口のうえに500円玉にペケ印が描かれたシールがべったり張られていた。 偽造硬貨が増えた為、500円玉が使えなくなったタイプの券売機だった。 急いでいる時に限ってこうなんだから! と舌打ちしても始まらない。 紙幣を取り出して切符を買った。 財布に戻した500円玉はそこだけ妙にでっぱってしっくりなじまない。 それでいておもちゃみたいに軽軽しい。 "ゲーセンのコインみたいだ"と夕焼けの王国会館で、指ではじいた500円玉を キャッチしながら、弟が言っていたのを思い出す。 彼は組織を抜けて、もう、何年だろう。 "本音"と"建前"。"真実"と"虚実"。 ころころ変わる見解に振りまわされて、疲れ果てた日々。 偽造硬貨のように、騙せる自販機、はじき出す券売機。 はじき出された500円玉を見るたび、ひょっとして偽造硬貨だったかな?と首を傾げ、 組織とキリスト教世界の誹謗中傷(偽造宗教?)合戦が、シンクロした。 "あーあ、かったるい" 一人愚痴て、滑り込んで来た列車に飛び乗った。 王国会館に着くと、すでに神権学校は終わっていた。 空いている席は―――。 左右の最前列。それと、真ん中の1〜3列。 "あーあ、S席ばっかりじゃん" モームスのコンサートチケットなら、一体いくらで売れるんだろう? 下北沢の素人劇団だって、こんな特等席、500円玉では売ってくんないよな。 ぼやきながら、席につくと"発表"のプログラムになった。 形式的な発表が暫く続いた後で、待ちに待った "7会衆合同王国会館建設プロジェクト" あれだけ、大々的に、 "伝道者一人当たりいくらを何年間"などと、具体的数字を挙げて寄付を集め、 イメージ図の載った何枚ものプロジェクト計画をでかでかと 掲示板に貼り出してくれたのだから さぞかし、満足のゆく状況報告に違いない。 思わず、身を乗り出した。 スマした顔の主宰が演壇に立ち、最もトリスマシタ声で、 "かねてより皆さんにお知らせしていた、 「7会衆合同2階建て王国会館建設プロジェクト」は、 ××町の空き地買収段階ではありましたが、 神のご意志ではありませんでした。" と述べると、そそくさと立ち去った。 "え? なにそれ?――― 何なのよぉ〜〜〜〜〜!!!" とんだカタスカシ。 計画は頓挫したって事? なんで頓挫したのか、これじゃ何の説明にもなってないじゃない。 一瞬ざわついた場内の空気を 無理やり立ち切るかのように "続いて奉仕会に移りたいと思います" という司会者の甲高い声がひびいいた。 ばかばかしい。 こんな発表聞くために、残業切り上げて、上司や先輩の白い目浴びながら、 今まで頑張ってきたわけ? "所詮、500円玉宗教ね" 騙せる(受け入れられる)信者、はじき出されるアウトサイダー。 プログラムはまだ終わっていないのに、おもむろに席を立つと、颯爽と退室した。 夜風に髪をスキ流し、ため息ついたら、ムショウに泣きたくなった。 見上げる星空は都会のスモッグとネオンに消され、殆ど何も見えない。 "結局、あなたのご意志とは、何だったのですか?" 財布から、さっきの500円玉を取り出して、手の甲に乗せた。 ひんやりした感触があり、指で高くはじいた。 表なら辞める、裏ならとどまる。 緩やかな弧を描き、落ちてくる500円玉。 ぼんやり眺めて立ちすくんだら、 ほんとに涙があふれてきた。
《編集者より》
筆者の方が実際に体験したことを、読みやすくするために小説風に書いたものだそうです。500円玉を上手にモチーフにして、エホバの証人の一日の体験を軽く物語っていて、よくできていると思います。