「お母さん、ありがとう」・・・私が他の2世と違う理由

(5-17-03)

私は7歳から25歳まで約18年間エホバの証人の中で
生きてきました。家族では母と私だけがエホバの証人でしたので
集会も大会もいつも母と私は一緒でした。
私はいわゆる2世という部類に入るのでしょうが、他の2世と決定的に
違うと言える点が二つあります。
それは“懲らしめのムチをただの一度も受けたことがない”という事と
“無理矢理伝道に引きずり回されたことがない”という事です。
あの懲らしめ全盛期の時代にあって私が一度も叩かれたことがない
というのは、奇跡に近いことのように思います。
私が交わっていた会衆が特別甘かったわけではないと思います。
集会や大会で周りの子供たちが口を押さえられ母親に抱えられ
トイレの方に連れて行かれる光景を何度となく目にしてきました。
子供たちは叩かれなければいけないほど何か悪いことをしたのでしょうか。
いいえ、それは多分とても些細なことだと思います。よそ見をしたとか
居眠りしたとか、落書きをしたとかそんなことが理由だと思います。
本当に子供を叩かなければならないのは、人の物を取ったとか人を傷つけたとか
道徳的に間違ったことをした時だけだと私は思うのですが。
一度だけ「お母さんはどうして私を叩かなかったの?」と聞いたことがあります。
母はこう言いました。「だって可哀想でしょ。それにあなたはとてもいい子だった
から叩く必要がなかったのよ」と。それを聞いて私は違うと思いました。
なぜなら、私は集会中よそ見をしたことも居眠りしたことも落書きしたこともある
からです。JW的に叱る理由は山ほどあったはずです。
なのに何故母は私を叩かなかったのか・・
決して母が不真面目なエホバの証人だった訳ではありません。
私が記憶している限りだけでも母は15年以上補助開拓奉仕を続け沢山の
人を組織へ導いていました。その間子供二人の世話をして家計を支えるために
アルバイトもしていましたが家事も手を抜くことはせず、私たちはいつも母の愛情
がこもった食事を楽しんでいました。集会も大会も病気などやむを得ない理由以外
で休んだことは一度もありませんでしたから、母は真面目な方だったと思います。

でも母は私を無理矢理伝道に連れて行くこともしませんでした。
学校が長期の休みの時は母が伝道に行っている間、私が母の代わりに掃除機を
かけたり食器を洗ったりして母の帰りを待っていました。
そんな私に母は「とても助かっているわ、どうもありがとう」とお礼を言うことは
あっても伝道に付いて行かない私を責めることは一度たりともありませんでした。

そんな母が亡くなってからもう2年の月日が流れました。
皮肉にも3年前の夏の地域大会から帰って来た次の日、急にうつ病を発症して
それから数ヵ月後、現役のエホバの証人でありながら自ら命を絶ち、
あっという間に逝ってしまいました。

私は今あの「良心の危機」を読んでいます。正直読むのがかなり辛いのですが
私が前に進むためには必要なことなんだと思います。
もしも今母が健在だったとしたら、きっと私はこの本を母に突きつけてしまい
私たち母娘の暖かい関係をぶち壊してしまっていたでしょう。そう思うと
母が居ないことを少しだけ感謝できるようなそんな気もしています。

私の推測なのですが、母は“この組織は正しいことを言っているのかも知れないが
信仰のない子供たちを巻き添えにすることはどこかおかしいのではないか”と
感じていたのかも知れません。
周りの姉妹たちに甘いと言われても私を叩かず伝道にも無理矢理連れて行かな
かったのは母の小さな反抗心の表れだったのかなぁと、私は今そんな風に感じて
います。
でもその小さな反抗心のおかげで私は組織を離れても他の2世達のようにうつ病
などになることなく比較的普通に生活出来ています。
だって私は確信できていますから。“私は母に守られていた、愛されていた”と。

そして今とても穏やかな気持ちでこう言う事ができます。
「お母さん、ありがとう。ゆっくり休んでくださいね。」

FROM DANDELION

《編集者より》
お母様が亡くなられて、本当の気持ちを確認することが出来ずに残念ですね。でも現役の証人として亡くなったお母様と、あなたの心の中だけでも、平和な和解ができたことは素晴らしいと思います。