「1914年の世代について」

(4-24-03)

  先回は「1914年の拠点について」わたしなりの理解を
投稿させていただきました。今回は「1914年の世代につ
いて」わたしなりに感じてきたことを書かせていただき
ます。

  主題の聖句
   「父がご自分の権限内においておられる時また時
期について知ることは、あなた方のあずかるところでは
ありません」‐使徒1:8(新世界訳)

  わたしが研究を始めた1975年、高校生最後の学年で
した。これよりも一、二年前にノストラダムスの予言の
解説本を読んだ友人が“たいへんだ、たいへんだ!”と
叫びながら、朝の教室に駆け込んできたことを鮮明に覚
えています。わたしもこの本を読みましたが、要するに
1999年に世界の終わりがくるという主張で、彼は聖書の
ヨハネの黙示録を完成させるために“諸世紀”という予
言書を書いたというものでした。
  また、近所の創価学会の人から借りていた釈伏経典
という本を読んで聖書の予言がまったく成就せず、キリ
スト教が病気の人にとって救いになっていないというこ
とも読んでいたのです。それで、多分こうした背景も
あって、わたしは聖書の預言にも興味をもつことになっ
たのでしょう。
  わたしが興奮して読んだものみの塔の出版物の記述
のひとつに1914年の世代が死に絶える前に終わりがくる
というものがありました。わたしが学び始めたころ、こ
の世代は1914年ごろ10歳ぐらいだといわれていました。
最低10歳ぐらいなら1914年に起きた出来事を記憶し、理
解できるであろうということだったのです。しかし、こ
の理解し、記憶できると考えられていた年齢が当初15歳
とされていたことは最近までまったく知りませんでし
た。
  そして、聖書の記述からすると人間のだいたいの寿
命は70歳か80歳とされていますので、自分はそれまでは
十分に生き延びられるし、確実に終わりを見ることがで
きると確信して胸を躍らせました。
  しかしながら、バプテスマを受けて10年以上経過し
たころ、この世代の教義はおそらく変更になるだろうと
考え始めていたのです。それは、大勢の兄弟たちが発言
しているように世代の期間があまりにも長いし、なにか
変だと感じ始めていたのです。それでもわたしは次のよ
うに考えてもいました。
  日本では9月の敬老の日のころになると100歳以上の
人々がどれぐらい生存しているのかをおおやけに知るこ
とができます。たぶん、わたしが世代について再考して
いたころ100歳を超えた人々は3000人ぐらいだったと思
います。それ以来、毎年100歳を越える人はどんどん増
えています。
  だから、1914年を知っている世代が当時10歳だった
としても1914年の世代に100を加えて、終わりがくるの
は2004年ぐらいになるかもしれないなあ、などとひとり
でかってに考えていました。3000人も存命していれば世
代が生き延びたと主張できるでしょう。
  それから、こう考えたもうひとつの理由は最初の女
性であるエバが創造された時期のことです。それはキリ
ストが成人した年齢から推測したのです。彼は生来のイ
スラエル人として生まれ、30歳でバプテスマを受けまし
た。キリストはアダムに対応するものとして聖書では述
べられていますので、アダムも創造されてから30年ぐら
いは独身だったのではなかろうかなどと考えました。
  この考えは、1975年にアダムが創造されてから6000
年経過し、これに30年を加えると2005年になり、先ほど
の1914年の世代が100年は続くので、年数的によく調和
していると思ったのです。エホバの証人の解釈ではアダ
ムは死なないことになっていましたから、30年ぐらい独
身だっていいじゃあないかと考えたわけです。エホバ神
と直接話はできてさびしくはないだろうし、たくさんの
動物に名前をつける仕事は長い時間が必要だったとも思
いました。
  この考えを公表したりすると物議をかもし出すの
で、たったひとり仲の良かった仲間の兄弟に打ち明けた
ことがあるのですが「おもしろい考えですね」と彼が
言ってくれたことが妙に印象的でした。
  わたしはこの聖書解釈が正しいなどとは思いません
でした。ただこういう考えがあってもいいし、たとえ
2004年になっても自分は50歳にも到達しないので生き延
びられればそれでもかまわないと思っていたのです。自
分のご都合で身勝手でした。それから、世代の解釈が変
更になるだろうと考えた理由は、過去において組織が預
言の解釈を変更してきた事実を1976年の年鑑などから、
たくさん読んで気がついてもいたからです。
  そのようなことを考えて生活しているうちに、つい
に1995年になり、その11月1日号のものみの塔で世代の
教義変更が行われました。わたしは上記のように考えて
いましたので別段驚きませんでしたが、この研究記事を
会衆のものみの塔の集会で学んだとき“なぜだろうか
?”という疑問を感じるようになったことを覚えていま
す。
  エホバの証人は聖書の解説書や注釈書をよく用いて
自分たちの聖書理解の根拠にしますので、この研究記事
でも新しい理解を正当化するために解説書の説明が引用
されていました。わたしはその解説文よりも解説書の
“発行年月日”に注目したのです。そのひとつ(p12・10
節および脚注参照)は1964年でした。
  また、研究記事(p17・脚注)には洞察の本(第二巻
“世代”の項)を参照するように求められていましたの
で、司会者がステージからその本の世代の項目を開いて
高く掲げたのです。この洞察の英文版が発行されたのは
1988年でした。洞察は以前に頻繁に用いられた、聖書理
解の助けに図版を加えて調整したものであるということ
ですから、内容的には1970年ごろのものといえると思い
ます。
  そして、確かに洞察の本にも聖書で用いられている
世代という言葉が、その時代の一定の特色を示す人々を
意味する可能性のあることが記されています。先ほどの
解説書もほぼ同様のことが述べられていました。
  わたしが“なぜだろう”と感じたのはこれらの解釈
は30年ほど前からこれらの書物に記されていたのにわた
したちには解釈の変更の可能性すら知らされないことは
どうしてだろうか、というものでした。わたし個人とし
てはこれらの本を英語で理解することは難しいので、自
分で研究することはできません。しかし、記事を執筆す
る統治体の兄弟たちはこうした説明のあることを知って
いたはずです。なにしろ引用して記事を書いているので
すから。
  イエスの言われた“世代”という言葉が1914年に存
命中だった人々であるということが説明されたときも注
釈書や解説書や辞典・新聞記事など(1984年10月1日号も
のみの塔p22。ものみの塔1981年1月15日号読者からの
質問など)は大いに用いられたはずです。今回は世代の
意味を変更するために別の注釈書などが用いられたので
す。それで、わたしはこうした引用の仕方に大いに当惑
しました。結局のところ統治体の人々は自分の都合のい
い文献の引用をして教義をつくりあげ変更していくのだ
ろうかという疑念を持つことになったのです。
  もし、複数の理解が可能なのであれば、その可能性
をわたしたちにも提示してわたしたち自身で判断し、選
択することができるようにしてくれればいいのにと思い
ました。しかしながら、多くのウェブで明らかにされて
いるように、組織が引用するその仕方はずさんでいいか
げんなものでした。わたしが考え、感じたことは誤りで
はなかったのです。
  わたしが研究をはじめたころ多くの書籍を読んで感
動したことは、その引用資料の豊富さでした。これほど
多くの資料を提示しているのであるから、もしこれらを
手に入れて調査すれば、ものみの塔の主張の誤りを暴露
されてしまうのであるから、自らそうした誤りの証拠を
掲載するわけはないと、うぶなわたしは考えたのです。
でも、実際にはわたしはそれにのってしまいました。
  こうしてウェブの情報を多く取り入れてみると、わ
たしが学び始めた1975年ごろにはレイモンド・フランズ
兄弟やカール・オロフ・ジョンソン兄弟たちは、1914年
やその世代の教義が聖書に調和していないことを公表し
始めていた時期だということを知りました。今、当時を
振り返って考えることはそのような情報を得ていたなら
ば、エホバの証人には決してなることはなかったであろ
うということです。それで、わたしの人生でいちばん大
きな過ちは、エホバの証人の聖書から説明する真理を彼
らからもたらされる一方的な情報で鵜呑みにして信じ込
んでしまったことです。
わたしは一世ですから、研究しない道を選択することも
できたはずです。でも自分で研究すること、つまりマイ
ンド・コントロールされることを選んだのです。それを
誰のせいにすることもできません。
  こうして三回目の投稿をさせていただいたわけです
が、自分が時間をかけて気がついたエホバの証人の教義
の誤りを述べてきました。しかしながら組織と交わって
悪いことばかりがあったわけではなく、受けることがで
きた親切も非常に多いものだったのです。人生において
役立つことも多く学ぶこともでき、少数ながら心を許せ
る友人もできました。彼らはわたしにとって貴重です。
  わたしが宗教に望んだことは偽善や偽りがなく心か
らの無私の愛と真実を実践し体現していることでした。
それがないとはっきり理解した今、組織にとどまる理由
が失われてしまいましたので、自然に消滅する道を歩み
つつあるのです。

《編集者より》
あなたが自力で「統治体の人々は自分の都合のいい文献の引用をして教義をつくりあげ変更していく」という実態を見抜ける力があったことが、もっとも幸いしたように思います。多くのエホバの証人は、見ても見抜けず、聞いても聞き取れず、ただ鵜呑みにして言われるがままに奴隷のように従うのが、大部分です。その中で、ほんの少数の人が、見抜く力、悟る能力を持って、この欺瞞組織を自力で抜け出すことが出来るのでしょう。本当に聖書の言うように、これは「狭き門」なのだと痛感します。あなたの体験は、そのような数少ない人々が確かにいるという証として大変励ましになると同時に、そのような能力のない大部分のエホバの証人はやはり今後も自分で自分を組織に隷従し続けるしか道がないのではないか、という残念な見通しを持たざるを得ません。やはり人は何時でも何処でも、「聡く目覚めている」ことが大事なのでしょう。