「徒然なるままに・・・」−ミミより

(4-21-03)

今日は仕事がお休みなので、とりとめもない事を書くことをお許しください。

断絶してから、はや一年と9ヶ月。
クロゼットを見て、はたと気づいたことがあります。

集会用に買い揃えた洋服が、断絶後、一度も袖を通さず、ハンガーにかかった
ままになっているのです。
完全に世の人となった今見ると、私ってエホバの証人の現役時代は、なんて
地味な服装をしていたんだろうと、感慨深くなります。

当時はヤボったく見られるのがいやで、精一杯おしゃれをしていたつもりが、
三十歳代の時に買った洋服なのに、今見ると、五十代になっても着れそうな
デザインだったりします。
全部、無難なスーツかロングスカート。

今のエホバの証人は、以前と比べれば、服装も随分自由になったと聞きますが、
ちまたで見かける主婦の姉妹達は、相変わらず「慎ましく」装ってますね。
あの「慎ましさ」の陰でなされる、服装に関する妬みのバトルも、今となっては
懐かしい・・・わけないやい!(失礼)

たんすで一番幅をきかしているのが、寒い冬に備えて買い込んだたくさんの
厚手のコート。
エアコンのきいた電車で通勤し、快適な温度に保たれたオフィスで働く今では、
厚手すぎてとても着用できない代物です。
でも、真冬の奉仕の際には、めいっぱい着こんだうえに、さらにセーターの下に、
カイロを二つも貼りつけていました。

スーパーに行けば厚手の下着やタイツを、ホームセンターに行けば「貼るカイロ」を、
山のように買い込む私を、主人があきれたような顔で見ていたっけ・・・

集会や大会に毎回出席しているうちに、何度も同じものは着たくないという、
見栄がはたらいたのか、似たようなスーツや靴をたくさん買い揃え、
気がつけば、数だけは、世間の主婦よりはるかにたくさんそろえていました。

こんなスーツ、PTAでも着れないだろうな・・・通勤にも、着れないし・・・

エホ証関係の出版物は、断絶と同時に処分しましたが、つぎはこの無難なスーツを
処分する時期が来たかも知れません。
そうして、だんだん、心の整理がついてくるのでしょうか。
心残りは、身近に、まだ現役バリバリの証人がいることです。
どうしたものか・・・

村本さん、このサイト、最近は頻繁に覗いています。
内容が豊富で、意味深く、私自身断絶してよかったと、心の底から思えるよう
になりました。ありがとうございました。
これからますます、このサイトが発展することを願っています。

「手ずから働き静かに生活する匿名証人」さま、なんだか、お友達が増えた
気がしてうれしいです。
私も霊的な必要は、ほとんど自覚しない毎日をすごしていますが、
「自分の人生を生きている」と言う実感は、味わっています。
ただですね・・・たまに祈るのですが、祈る対象をなんと呼んでいいのか、すごく
戸惑うのです。

村本さんは、イエスとも神とも、呼んでいいのではないかとおっしゃって
いた気がしますが(すみません、記憶が曖昧なので)、もとエホ証としては、
つい「エホバ」と呼びかけてしまいそうになるのです。
でも、今はそうは呼びたくない気がして・・・かといって、イエスに祈るには、
それはそれで、イエスに対する信仰の不足(のようなもの)を感じるのです。
皆さんは、どうされているのでしょうか?

《編集者より》
私もどこで祈りのことについて書いたのか、今は思い出せませんが、あなたの書かれたように、神の呼び名はどうでもいいと思っています。あなたにとって真に身近で頼れる呼び名であれば、イエスが言ったように「アバ」(お父ちゃん)と呼んでもいいのではないでしょうか。大事なことは、あなたがそう呼ぶことで自分が心の安らぎを感じることで、形式的な名前はどうでもいいと思います。イエスに祈ることもいいと思いますし、その名前に違和感がなければいいと思いますが、今までの習慣でどうしても「エホバ」が抜けなければそれでもいいのではないでしょうか。これは私の意見です。「このサイトが発展することを願っています」というお言葉は大変励ましになりますが、最近はよる年波か、全ての仕事に時間がかかるようになり、能率よくサイトを更新して発展することが出来ていません。お詫びすると共に、もっと頑張らなければと感じました。