「時に応じた霊的食物」−フリーダムより

(3-27-03)

私が自分の人生をこの組織にかけてみようと決意したきっかけは去年の七月の投稿で
書きましたが、ここで再び取り上げてみたいと思います。それは「聖書預言の成就」
でした。私が高校へ通っていた頃、当時の世界情勢は冷戦真っ只中でした。アメリカ
を頂点とする資本主義とソ連を頂点とする共産主義体制の対立が激しさを増していま
した。レーガン大統領は強いアメリカを目指し、核弾頭の数は両陣営とも増産体制に
ありました。ダニエル書の中の「北の王と南の王」の対立はまさに聖書預言の成就と
してはうってつけで組織の成員に「終わりは近い!」という緊迫感を抱かせるのに十
分効果をあげました。その当時の解釈は北の王であるソ連を始め共産諸国がどんどん
力をつけてアメリカなどの資本主義勢力を圧倒してゆくという預言の筋書きが説明さ
れていたのです。ところが組織の期待とは裏腹にソ連は崩壊、共産主義も見る見るう
ちに崩壊していってしまったのです。それと同時にこの「北の王と南の王」の預言は
影を潜めものみの塔をはじめ組織の出版物からはもう再び取り上げられることはなく
なりました。

テレビでアメリカがイラクに戦争を仕掛けている映像を見ると証人たちの心は緊迫感
でいっぱいになります。聖書預言の成就だ、終わりが近いと気の引き締まる思いにな
るのです。頭の脳裏には終わりの日のしるし「国民は国民に、王国は王国に敵対して
立ち上がり・・・」という文字が浮かんできます。この緊迫感は更なる行動へと成員
を駆り立てるのに抜群の効果なのです。組織は出版物の中でこの今の世界情勢を利用
して、成員が終わりが近いという緊迫感を抱くよう働きかけていくでしょう。北の王
と南の王の預言と同様、最近組織は「世代」の預言を廃止してしまいました。心の中
に仕掛けられていた終わりの日までの時限爆弾は無くなり、これといった緊迫感を抱
かせるような聖書からの預言となり得るような材料も見つかっていません。イラクの
戦争は組織にとって、内心待ってましたと言わんばかりの出来事でしょう。さて、戦
争で世界が混乱する状況の時に成就するマタイ24章の預言の成就。しかし戦争とは
反対の状況、つまり世界が平和に向かっていくような状況も預言の成就だと組織は利
用するのです。以前国連が「国際平和年」としたその年、組織はこれがまさしく聖書
預言の成就につながる出来事だとものみの塔の記事で説明していたのです。その預言
とはテサロニケ5章「人々が、平和だ、安全だと言っているその時、突然の滅びが・
・・。」という預言の成就です。世界が戦争で混乱する時にも、逆に平和に動いてい
く時にも、組織は成員に緊迫感を抱かせるのに都合のよい聖書の預言の聖句をちゃん
と用意するのです。その「時に応じた霊的食物」は成員に終わりが近いという緊迫感
を持たせ、成員の一致団結を強めさらなる伝道活動、組織の拡大へと導いてゆくので
す。

統治体の成員だったレイモンド・フランズ兄弟が書いた「良心の危機」の中でも組織
が緊迫感を抱かせるため、初めての人工衛星スプートニクが打ち上げられたという状
況を利用して、それを預言の成就として特定の聖句と関連させ霊的食物にしようとし
たことが明らかにされています。組織は今までさまざまな聖句を預言の成就として時
に応じて利用してきました。イザヤ19章19節の「その日、エジプトの地の中には
エホバへの祭壇が、そしてその境界のそばにはエホバへの柱があるであろう。」この
聖句を現在のエホバの証人はほとんど知りません。しかし、ものみの塔の初期のエホ
バの証人にとってこの聖句はとても有名な貴重な聖句のひとつだったのです。それは
エジプトのピラミッドが聖書預言の成就と大きなかかわりを持っていることを証明す
る聖句だったからです。やがてこの聖句は時に応じなくなった時捨てられました。
1975年、その年が特別の年であった事を知っているエホバの証人はだんだん少なく
なっています。組織はその年はアダムが造られてからちょうど6000年目にあたり、そ
の年にハルマゲドンを迎え楽園がもたらされるとされた年でした。私はその年に十二
歳の伝道者になっていました。神権家族の中で育った私にとってその年の緊迫感はと
ても忘れられるものではありません。父親は自分の生命保険を解約しましたし、大艱
難の迫害に備えていつでも逃げられるよう、そして警察につかまらないように変装用
のリバーシブルのジャンパーを買い備えたりしました。1975年の秋は何事も起こらず
過ぎ去ってゆきました。今、人類創造の6000年の年代計算の方法を知っている人はほ
とんどいないでしょう。もうあれから30年近くの年月が経ってしまいました。そして
最近組織は再び時に応じなくなっていった聖句を捨てました。それはマタイ24章3
4節「これらすべての事が起こるまで、この世代は決して過ぎ去りません。」恐らく
二十年後、五十年後のエホバの証人はこの聖句の事を思い出す事すらないでしょう。
イザヤ19章19節と同じように。

「主人が、時に応じてその召使たちに食物を与えさせるため、彼らの上に任命した、
忠実で思慮深い奴隷はいったいだれでしょうか。」

それは自分たちであると組織は言います。組織は今まで幾つもの聖句を根拠として終
わりの日を預言してきました。その聖句の理解、解釈は統治体の兄弟たちからエホバ
が霊感の力を通してもたらされた正確な知識、「真理」であるはずです。真理とはい
かなる状況や場合でも不変的な知識のことであって、ある時になって「捨てられてし
まう知識」は真理とは言いません。一人一人の思いの中でダイヤモンドとも等しい価
値を持っていたある聖句が、突然どこにもある石ころ同然のようにもう見向きもされ
なくなってゆくのです。真理でないならばそれは何でしょうか。それは偽りです。マ
タイ7章20節「それでほんとうに、あなた方はその実によってそれら[の人々]を見分
けられるのです。」実によって見分けられるそれらの人々とはどんな人の事でしょう
か。組織はよくこの聖句を偽りの宗教と真の宗教を見分ける方法として引用します。
(唯一まことの神を崇拝する第13章12節参照)しかしその引用の仕方は間違っていま
す。この例えをイエスが話されたのはどれが真の宗教なのか見極めるために話された
例えではありません。この聖句の文脈15節から20節をよく見るとそれはだれが「偽
預言者」であるかを見分ける方法として語られた例え話であることがだれでも理解で
きます。その実をどのように見分けるのでしょうか。簡単です,それらの預言が成就
したかどうかを見極めるだけでよいのです。統治体は何度も自分たちの言ってきた聖
書預言をその成就を見ずに聖句そのものも証拠隠滅してきました。彼らは偽預言者と
しての証拠となるいくつもの実を生み出してきました。組織はイエスが言われたこの
聖句の本当の意味するところをぼやかそうとして,この聖句の中に他の聖書にはどこ
にも載せられていない言葉を補足と言う形でこっそり挿入しています。[の人々]とい
う言葉を挿入します。新世界訳以外のほとんどの聖書はこの節を次のように書いてい
ます。「それでほんとうに,あなた方はその実によって彼らを見分けるのです。」彼
ら,つまりここでイエスは偽預言者に限定して理解するように言われていたことが
はっきりします。[の人々]という言葉を挿入することで意味が広がりこの聖句は真の
宗教を見分ける方法としても引用されやすくなってしまいます。

「論じる」の本p351「偽預言者」の章ではこのマタイ7章20節の実に対する理解を次
のように書いています。「真の預言者か偽預言者かは,預言者の生活の示す実と預言
者に従う人々の生活を見ればわかります。」「偽預言者の生活の仕方にはどんな特徴
が見られますか。」

預言者の生活の仕方が真の預言者かそうでないかを示す「実」であると言うのです。
極端な言い方をすれば偽預言者とは生活が乱れ,汚れ、偶像崇拝を行っている人が預
言をし、その予言が外れたときのみその人が偽預言者となるのであって、品行方正な
生活をし聖書の中のあらゆる教えを守っていれば、聖書の中の一部を勝手に解釈し,
それを預言し,それが外れたとしても偽預言者とはならないというのでしょうか。組
織はこのような巧みな論法の仕方で自分たちの真実の姿を覆い隠し、それらの成員の
注意をいつもキリスト教世界のほうへともってゆこうとします。

組織の反論でまずあげられるのが,「イエスの弟子たちでさえも間違った期待をした
事がある(ルカ19章11節)ので、証人たちも時には間違った期待を抱いた事がありま
す。」(論じるの本p352)というものです。まずこの文章自体誤りがあります。組織が
間違った期待を抱いてしまったのであって,一人一人の証人は組織から間違った期待
を抱かされたという点を指摘させていただきます。

単に心の中で期待する事とそれを預言してその理解を周囲の人々に触れ回るのとは天
と地の差があります。オオカミ少年は「オオカミが来ればいいなぁ。」と心の中で期
待していただけではなく、人々に「オオカミが来るぞ」と何回もうそをついたので、
人々から信用を失いました。イエスの弟子たちは直ちに神の王国が来るのではないか
と心の中で期待した事はありますが,その期待を人々にふれ告げたり,教えたりした
などと書かれた個所は聖書のどこにもありません。

組織は時に応じて霊的食物を提供していると主張します。時に応じてというよりも
「自分たちの都合に応じて」という方が適切な表現ではないでしょうか。組織はサタ
ンがいつもずる賢いやり方であなたを狙っていると強調します。サタンと同じように
組織もずる賢いやり方で真実を隠し私たちの貴重な時間,若さを奪おうと躍起になる
のです。それは組織の拡大のため,出版物の寄付集めのために。組織の背後には自分
に神への崇拝を願う,サタンが居ると察しざるを得ないのは私だけでしょうか。組織
が今までも,そしてこらから先も決して変更することのない教理,それは「自分たち
だけがエホバからの唯一の経路だ。」ということです。

pfreedom@nifty.com

《編集者より》
いつも明快な問題点の指摘と解析を送っていただきありがとうございます。終わりの日の預言が、この組織の信者集めと引きとめの原動力になっている以上、偽預言を度重ねて常に信者の緊張感を煽ることがものみの塔の基本的な営みにならざるを得ないのだと思います。偽預言はやがて見破られ、緊張感は取れ、その実態が暴露された国々や地域では、信者が横ばいか減少になるのでしょう。