神権家族の「昔話です」

(2-5-03)

僕の場合、もう20年も前の排斥話で恐縮ですが。
 
父は長老、祖父母を除き一家全員JWという、いわゆる
「神権家族」でした。まだ2世という言葉が一般的ではなかった時代でしたか・・・。
祖父が経営していた会社が倒産後、内職していた母が「真理」を聞いたのは僕が小学2
年生のころでした。
遠方に働きに出た父の不在を寂しく思っていた母が心を動かされるのにそう時間はかか
らなかったようです。
後はお決まりの「成り行き2世コース」。
反対者だった父も「子供の将来の為に」という言葉に研究開始、当時の会衆には男性が
少なかった事もあり。あれよあれよという間に長老に。
大会の時に家族で実演した事もあったなあ。
決して嬉々としてJWをやっていたわけじゃなかったのに。「神権家族」として会衆の
模範でなきゃならない立場。いやだの声をあげられるはずもなく、バプテスマ。
数多くの「誘惑」もあったが、高校卒業までずるずるとJW続行。子供相手に司会者も
やった。
(その子供は今だJWにいるらしい。もう30近いか)
 
しかし遠方に就職が決まった高校卒業間近、集会も奉仕もイヤ、束縛されるのはまっぴ
らゴメン、遠方に就職するのも縁を切りたいから・・。トドメに「喫煙してるが止める
気もないし」即、審理委員会、「ようすを見ましょう」1週間後。「でもこれ以上JW
を続ける気は無いよ、やりたいことやるだけ。」そうですか、排斥です。
親兄弟は泣いたね。でも僕は一気に道が開けてうれしかった。どうせ数日後にはヤなや
つらとおさらばだし。
旅立ちの前に他の会衆の長老が訪問してきたが今さら話すことなど何も無かった。ただ、
隣町の仲の良かった長老兄弟には礼を言っておいた。
 
その後は「昼寝するぶた」のゆーじさん状態だった。
鬱積をはらさんばかりに自由を満喫、しかし就職先の会社ではそれなりの業績をあげこ
の不況の中でも冬のボーナス100万キープしてる。
排斥者の悲壮な顔とJWの幸せな顔のイラストを並べて
掲載していた記事があったように記憶しているが
それはJWの勝手な思い込み。
 
ハルマゲドンで死ぬとしてもそれが何?悲しい事か?
永遠に来ないのが悲しいけどね。楽園での永遠の命?
別に欲しくないし。
 
今、何より楽しみなのは「人は皆、撒いたものを刈り取る」という聖句がハルマゲドン
より先に成就するのだということ。つまりは子育てに失敗したJW1世たちは
その老後を息子に看られることもなく過ごさざるを得ない、ということ。いまだJWの
父母はその覚悟はしているようです。反面、僕はその分を趣味にまわして人生謳歌でき
ちゃってるってこと。
 
僕は子供に恨みを買うことが無いよう、子育てには細心の注意を払っております。とい
うのは冗談で
親の勝手な理由で子供達に不憫な思いはさせたくないですからね。余談ながら。
 
僕の場合は人生の節目とJWとの決別が同期したから
排斥だろうが恐れるに足りず、だったがあのまま自分を殺してズルズル来ていたとした
ら・・・ああ怖い!
考えたくない。今の生活はあり得ないな。
 
PS:父は今「主宰監督」らしいが現状のJWを嘆いて
   いた。・・ならとっとと辞めりゃいいのに。
 
支離滅裂・乱文ごめんなさいね。

《編集者より》
「人は皆、撒いたものを刈り取る」という聖句は、確かに私たちの人生で毎日のように成就していると思います。人はハルマゲドンに関係なく、人生の終わりには必ずその「撒いたもの」の清算をすることになります。エホバの証人も王も奴隷も全てその例外でないことは、人間社会に残された最低限の公正さであろうと私は思っています。