「司会者からの迫害に対処する」

(1-18-03)

司会者からの迫害に対処する

研究を始めてまもなく「迫害」に備えることを学ぶ章がありますが、ここで言う「迫害」
とは、対世の人であって、会衆の成員からの迫害については、全く扱われません。
 そこで、私が経験した事の中から、いくつか、日常茶飯事よくあるケースで、しかも
「迫害」に匹敵するものを、その対処方法も含めて、ご紹介したいと思います。


私生活を支配しようとする司会者

研究を行っていると、度々司会者は、家の中の事をあれこれ指図してきます。「ゴミ箱は部
屋の入り口に置け」とか、「西側の窓のにはブラインドを下げろ」とか。
こちらが言わせるままにしておけば、図に乗り、要求はエスカレートして行きます。
「全自動洗濯機は物質欲だ」とか、「電子レンジは手抜きだ」とか。
 ですが、基本的に、ゴミ箱を部屋の何処におくか、西側の窓にブラインドを下げるべき
かといったことは、その家に住む人が決めるべき事ですし、全自動洗濯機や電子レンジの
購入は、その家の主人が決める事です。他人が口出すべきことではありません。
 では、司会者になんと言えば良いでしょうか?
★	聖書的な根拠を教えて下さい
★	イエスもそのように教えられたのですか?
★	私が頭の権に従う事をお許し下さい


「罪悪感」を巧みに利用する司会者

夫の頭の権や、聖書的な根拠ということばで、司会者の迫害を一時的にしのいでも、司会
者は新手の攻撃をしかけてきます。「もてなしの精神」をかたに、来客(司会者)が快適に
過ごせることが「もてなしの精神」であるかのように、圧力をかけてくるので、「罪悪感」
にとらわれてしまい、司会者の言いなりになりがちです。
 ですが、基本的に言って、「もてなしの精神」と、「他人の私生活を支配する事」とは全
く違います。そもそも、もてなしの精神は強要されて行うものではなく、誰かに強要する
ことも出来ません。従って、「罪悪感」を感じる必要もないのです。
 では、司会者になんと言えば良いでしょうか?
★	それが…、何か…?(相手の顔を見る)
★	次回から姉妹のお宅で、研究しませんか?
★	研究は王国会館を借りて行う事が出きると、聞いた事がありますが…。


「不安感」を巧みに植え付ける司会者

場所をかえる事に一時的に同意しても、長く続かせるのは難しいでしょう。司会者は自分
の都合で、時間と場所を指定し、こちらが難色を示すと、「まあ、どう言う事でしょう?」
「まあ、何て事かしら?」「あなたは一体どう言うつもりなのかしら?」などと、大仰な前
置きをして事を荒立て、まるでこちらが前代未聞の要求をしているかのように攻撃してき
ます。まともに聴くなら、動揺し、不安感にとらわれ、自信を失います。
 ですが、研究は、研究生の都合に合わせて、司会者が譲歩するものであり、研究生が司
会者の勝手な都合に降りまわされる必要はないのです。
 では、司会者にどう言えば良いでしょうか?
★	私の隣にイエスが立っていても、同じ事を言われますか?
★	私と姉妹の都合が会わないのなら、どなたか別の方に司会を頼みたいのですが?
★	相手を自分の思いどおりに動かしたいとおもいますか?
(これ以上、司会者のわがままに付き合う事は危険です)


「劣等感」を巧みにりようする司会者
もともと傲慢な司会者は、研究生に的確な質問や提案をされると、ますます助長します。
「あなたはすぐそう言うんだから」「そんなんじゃダメなんです」「どうしてそうなのかし
ら?」「ほら、またあ」。まるでこちらに全面的に非があり、劣った人間であるかのように、
言葉巧みにののしります。終いには、「あなたの家で買えるような値段で売ってないわよ」
「あなたが私の出た大学を知ったら、吃驚しちゃうわよ」なんて、言葉まで。
 ですが、基本的に研究は神の言葉を学ぶものであって、司会者の意見に染まるものでは
ありません。勿論、ののしられて、劣等感を持つ必要もないのです。
 では、司会者になんと言えば良いでしょうか?
★	姉妹のお考えは解りました、では、エホバのお考えを教えて下さいませんか?
★	エホバはそのようにするよう、私に求めているのですか?
★	姉妹は詮索好きですか?
★	どなたかに研究参加をしていただきたいです
(これ以上、司会者と二人で過ごす事は危険です)


「疎外感」を巧みに利用する司会者
研究生を他の人に見せびらかしたい司会者にとって、研究参加は非常に嬉しいものです。
最初のうちは、おとなしくしているかの知れません。ですがすぐ、バケの皮が剥がれます。
「この人はすぐそういうのよねぇ」とか、「また、言われちゃうからねえ」「姉妹も相思う
でしょ」などといって、参加している姉妹に同意を求めたり、自分の言いたい事をわざと、
参加している姉妹に言わせたりして、「ほら、姉妹もそう言っているじゃない」と、今度は
二人係で責めてきます。まるで、「全世界の人がそういっている」とでもいわんばかり。
 ですが、そう言っているのは、司会者だけです。参加している姉妹もよく知りもしない
で、同調しているに過ぎません。仮に、会衆全体が攻撃的であったとしても、それは、た
かがJWだけの話。区域の人全員でもなければ、近所の人全員でもないのです。「疎外感」
を感じる必要はないのです。
 では、司会者になんと言えば良いでしょうか?
★	たとえ私の父と母が私を捨て去ったとしても、エホバご自身が取り上げてくださる
★	築き上げる会話とはどういう会話なのか、ここで実演していただけませんか?
★	イエスも一人で寂しいところへ行かれましたよね
★	研究をお休みしたいです


「競争心」を巧みにあおる司会者

研究や集会を休むと、司会者は友情を装い陰湿な訪問攻撃、電話攻撃を仕掛けてきます。
「誰々さんはなにがあっても集会を休まないのよね」とか「だって誰々さんは(あなたと
違って)特別な事情があるんですもの」等など、他の人と比べて巧みにこき下ろします。
 ですが、研究や集会の参加は自発的に行うものであり、他の人がやっているから自分も
やらねばならないというものではありません。そもそも、エホバを賛美するための研究や
集会なのだから、司会者を賛美するためのものではないのです。司会者が他の人と比べて、
「競争心」をあおっても、挑発に乗る必要はないのです。
 では、司会者にどう言えば良いでしょうか?
★	他の人と比べてではなく、ただ自分自身に関して歓喜する理由を持つ(ガラテア6:4)
★	私には私の事情があるとお考えになるのは、難しいですか?
★	エホバは強いられて行う事を薦めているのでしょうか
★	姉妹は詮索好きですか?
★	暫く家を留守にします
(これ以上、司会者との接触は危険です)


「重圧感」を巧みに利用する司会者

実家に帰ったり、旅行に出たり、居留守を使ったりしても、司会者は執拗に追いかけて来
ます。実家や、旅行先の住所や電話番号を巧みに聞き出して、手紙攻撃、電話攻撃が毎日
のように来て、心休まる時間がありません。居留守を使えば、事態は最悪の物になるでし
ょう。「孤立する者は有害な欲望を求めている」などと聖句を巧みに使って、攻撃してくる
ので、重圧感に押しつぶされそうになります。
 ですが、そのやりかたはサタンのそれと同じである事に気付く必要があります。(サタン
も聖句を巧みに使って、イエスやその他の人々を攻撃しています。)聖句は、人を築き上げ
る為に使う物であって、自分の思いどおり動かすために、攻撃材料として使うものではな
いのです。
 では、司会者になんと言えば良いでしょうか?
★	私を調べる方はエホバなのです(コリント一4:3〜4)
★	考える時間が欲しいと思う事は誰にでもあるのではないでしょうか?
★	私の為に時間を割くより、ご家族のために時間を使ってあげてください。
(これ以上、研究を続けるのは危険です。)

「恐怖心」を巧みに操る司会者

研究を止めたいなどと言うと、「サタンに負ける」とか、「エホバに滅ぼされる」とか「ハ
ルマゲドンを生き残れない」とか様々な脅しをかけられ、余計な想像をして、恐怖を感じ
ます。
 ですが、「だれを滅ぼすか」は全て、エホバが決める事であって、JWが決める事ではあ
りません。「恐怖感」を利用して相手を従わせることを、マインドコントロールと呼ぶ事を
覚えておくのは良い事です。
 では、どうしたら良いでしょうか?
※	自分の意思を強く持つ
※	おきている事柄は度を越えており、既に愛で被う段階ではなく、明らかな迫害である
    事をしっかり認識する
※	JWに捨てられたからと言って、神に捨てられたわけではない事を深く理解しておく
※	世の友を大切にする
※	仕事に出る、進学する、職業訓錬を受ける等、生活を改善する
※	いのちの電話や各種相談ダイヤル、市役所、保健所等の相談室を活用する
※	家族にJWからの迫害について根気良く説明し、理解を求める


さて、私が研究をしたのは20年近くも前であり、わずか半年程の間の事をかいつまんで
書いただけなので、殆ど役には立たないかも知れません。それにしても、ああ言えばこう
言う司会者。いくら小手先でかわしても、相手は斧で切りつけてくるので、どうする事も
出来ませんでした。何故、こんな人と研究を続けたのか、いまでは愚かだったと反省して
います。
 その後、私は司会者からの迫害に負けて、伝道に出、会衆の迫害に負けて、バプテスマ
を受け、更に、残忍な迫害を受けました。現在は、足を洗って「不活発者」になり、転居
しましたが、今でも、道でJWを見かけると恐怖が走り、立っていられない程です。
 この投稿を書いている時でさえ、当時を思い出し、何度もめまいと涙に襲われました。
傷が癒えるまで、あとどのくらいかかるのか解りませんが、それは皆さんも同じだと思い
ます。どうか、心が平安でいられますように…。
 最後に、これを読んで、傷ついた人がいたら、ごめんなさい。

《編集者より》
あなたの体験を読むと、エホバの証人の「研究」が司会者、研究生、そして同席する別のエホバの証人を含めた、マインドコントロールのための儀式的な活動であることがよくわかります。ある人はその実態を直ぐに見抜いて手を引きますが、多くの人がそのマインドコントロールのプロセスに見事に乗って、エホバの証人となっていきます。あなたのような元証人が、このエホバの証人の拡大の基本にあるこの活動の本質と実態を明らかにして下さることは大変意義あることであると思います。ありがとうございました。