「エホバの証人の悪意に負けて」

(1-7-03)

児童虐待と様々な不祥事が暴露されているものみの塔。
私も、長老や司会者からの迫害に負けて、子供を虐待しました。
今、私も子供も組織から足を洗い、カタギに戻りましたが、心の傷は深い。
私もまた、虐待の犠牲者なのです。
勿論、私を虐待したのは、長老、司会者、開拓者、古参の姉妹etc。
何故、ものみの塔には、このような残忍な人が多いのでしょうか?
それは、ものみの塔には、悪意があるからです。

世の人より、人間関係が腐ってる…。
jwに少しいると誰でも感じる疑問です。これに、明快な答えをくれたのは、以前同級生と研究していたこ
とがあるという友人でした。

もともと、jwには、不平不満の多い人が集まっているのだから、一般社会より、人間関係が悪くて当然じ
ゃないですか。

言われてはっとしました。
奉仕会で、提案されるのは、いつも、
今の世の中に「疑問」を感じている人に音信を伝える。事です。
疑問。確かに聞こえのいい言葉ですが、これは、「不満」を巧みに摩り替えているに過ぎない事をどのくら
いの人がきづいているのでしょうか?
その証拠に、音信は、「満足のゆく何々」という答えを含んでいます。
「疑問」の答えが「満足」では、あまりにもお粗末。

世の人は、不平、不満があっても、なんとか折り合いをつけていくのですが、jwには、それが出来ない。
いわば、自分の思い通りにならないで、ひっくり返って泣いてる幼児のようです。

会衆内でも、それは蔓延してます。

jwが世の人より、中傷がうまいのは何故だろう? そう感じた事はありませんか?
「活発なお子さんねえ」ニヤ
「優しいご主人ねえ」ニヤ
jwはチェシャ猫の子孫なのかも知れません。
「活発な子供」というのは、もともと良い意味で使われるのですが、jwは中傷のために使います。また、
「優しいご主人」の前には、「あなたとは違って」と言う前置きが含まれています。

同じ言葉でも、A姉妹に言われるのと、B姉妹に言われるのでは、全然意味が違うことがありますが、これは、
悪意があるかないかの違いを 敏感に感じ取るからです。

jwには何故、悪意のある人が多いのでしょうか?
不平、不満が、人より多いからです。
そして、不幸だからです。
自分より不幸な人いないかなって、捜そうとしても、いつもムナシ手で戻ってくるから、
たまった不平、不満の捌け口は、弱いものいじめ。
悪循環です。


もう少し、分析した事を詳しく書きたかったのですが、
こんな投書、つまんないだろうから、この辺で、やめます。

最後に、ゆう君、虐待してごめんなさい。
おかあさんを恨みつづける事で、少しでも、気持ちが楽になるなら、
ずっと恨んでいていいです。
無理に忘れようとして、これ以上、自分を責めないで下さい。
おかあさんは、あなたの母になれた事を心から誇りにおもいます。

《編集者より》
エホバの証人の深層の心理を、元証人の目から非常に的確に指摘されていると思います。不平、不満、疑問、と言われるものは、ほとんど全ての人が、多かれ少なかれ持っているものです。多くの人は、それらを自分なりに対処して、正常な生活を続けていくことができます。創意工夫によって解決する人、問題を研究し、それに取り組み汗水流して解決する人、専門家に相談して解決する人、そして自分の態度と姿勢を変えて不満を不満としない人、など様々でしょう。その中で一部の人は、不平、不満、疑問の対処の仕方がわからず、パニック状態から心の病気になります。また一部の人は、日常のストレスに我慢ができずに簡単な答えを要求し、たとえば「地上の楽園」の宣伝文句に飛びつきます。残念ながら、エホバの証人はこれらの後者の人々が多く集まる団体なのです。つまり、あなたの言うように、「今の世の中に疑問を感じている人に音信を伝える」ことにより、不満があるがそれにどう取り組んでよいかわからない人に、単純明快な答えを与えて「解決した」という幻想に引き込むことなのです。しかし、もちろんその幻想は幻想で現実離れしていますから、必ず現実に直面して幻滅の苦渋をなめることになります。そこでその苦渋を避けるため、現実を歪曲した目で見る習慣がつき、ますます現実から離れた自分たちだけの幻想の世界に閉じこもることになります。「悪意」、「残忍」、「いじめ」というようなエホバの証人の体質は、このような背景に根ざしていると私は思います。

ただ、公正を期するために付け加えますが、エホバの証人の人々の中には、本当に善意の人がいることも確かです。それらの人は、悲しいほどに「人が好い」ために、自分自身がものみの塔という巨大組織の中で置かれた立場と役割を見通すことができません。悲しいことにこれらの「善意のエホバの証人」は、心からよいことをやっていると信じながら、今でもとんでもない悲劇を世界中に撒き散らしています。