「子供の頃の消えないキズ」

(12-28-02)

私は1歳の母親です。今でも母がエホバの証人で、私も小さい頃から集会に連れて行
かれ、厳しいしつけを受けました。
でも、中学生に上がる前くらいから、教えの矛盾さや窮屈さに反発をし始めました。
そして、25歳になった今、小さい頃から植え付けられた心の傷を見つめて、
これを絶対自分の子に受け継ぐ訳にはいかないと強く強く思っています。
どうしても、癒やしていこうと。
完全に脱会したとしても、考え方にはひどい自責の癖が残り、心には常に恐怖心と不
安感とへんな依存心があり、克服は時間のかかる苦しいものです。
それくらい小さい頃から必ず言われた「もしエホバの道を外れる事をしたら・・」
という親の言葉は強烈でした。
私は親に叱られる度、(私は真のクリスチャンじゃないからハルマゲドンに生き残れ
ないかもしれない)
(明日終わりの日が来たらどうしよう)終いには、(こんな子供でごめんね。お母さ
んだけでも楽園に行ってね)なんて思うのです。
今思うと、叱られた理由は、例えばサンタクロースのシールを友達に貰って来たとか
そんなこと。
それだけで、邪悪なもの、サタンが来る、悪い事が起こったのはそのせいだと叱られ
るのです。
そしてなにより、どんな夢でも見れる自由な心を持ってるはずの子供時代に、自分が
死ぬ事の恐怖を抱かせてしつける。
楽園だけを支えに生きさせる。そんなのやっぱり異常だと言いたい。
私にとって変形した心と自分で道を見つけたいという思いの闘いは、自殺未遂をする
ほど生きるか死ぬかのものでした。
もちろん、母は理解は示してくれませんでした。
母は母で、娘がエホバに背いたと苦しんでいました。恥だ、毒だと言われました。
私という人間をまっすぐ見てほしいのに、どうして向かい合ってくれないんだろう。
今までの教えに親の愛情はあったのかな・・そう感じました。
どれだけエホバという存在や教えに疑問を感じていても、この宗教は間違っていると
いう確信はなかなか持てませんでした。
だけど、その時の私は、たとえ、私が間違っててもいい!という答えに辿り着きまし
た。
エホバの教えが本物であろうとそれに背いて死のうとかまわない、と思えました。
今という時を大切に思いっきり生きたい。自由に泣いて笑って輝きたい。踏み外して
転んでそして学べばいいんだ。
自分の足で自分の望む幸せに辿り着きたい。
永遠の命がどうしてほしいのだろう?悲しみも苦しみもないその場所に喜ぶ事もある
のだろうか?
私は今を必死に生きる人になりたい。
・・・この世に生きているのにこの世と自分たちを区別する、すぐエホバのおかげ、
楽園までの辛抱という・・それが現実逃避にしか
思えなくなりました。
それから、10年以上経ち、いろんな事がありました。
最初にも書いたようにたくさんの消えてはくれない心の傷と闘ってきました。
母を怨んだ事もありましたが、心の弱い母の唯一の支えがエホバだったのだから仕方
がないなと思います。
今、不器用ながらも自分の人生を歩いている。何が正しいのか自分で見極めれる。
私の幸せはこの自由です。幸せは人それぞれです。もし、このメールをエホバの証人
の方が読んでいてくれたら・・
家族にその教えを強制しないで、と伝えたいです。我が子も自分とは別の人格と人生
を持ったひとりの人間。いろんなことを感じいろんなことを知って選ぶ自由を
与えてあげてほしい。私がこの世に染まって哀れに思いますか?私の母のしつけが足
りなかったと思いますか?
きっと、私と同じ苦しみで悩んでる子、乗り越えた子、死を選んだ子、たくさんいる
はずですよ。ほんとに親の生き方が素晴らしいならほっといても子は見習います。
ハルマゲドンまで時間が無いですか?でも、縛り付けても、心からエホバを愛するよ
うにはならない。自分から出会わなければ。
偉そうに書いてすみません。でも、こうして、意見を出せてよかったです。遠い空の
下のお医者さんへ、きっかけをありがとうございました。

《編集者より》
他のエホバの証人二世の方々が投書して下さった体験談と照らし合わせてみると、あなたの苦悩はエホバの証人二世に典型的なものであることがよくわかります。あなたの体験談は、ものみの塔の組織が全世界の子供たちに行なってきた「児童虐待」を証言する無数の体験談の数を更に増やすものです。ここでもか、またここでもか、というように世界中で、エホバの証人の二世がその虐待された経験をインターネット上で公開しています。これだけ世界中に広く蔓延する虐待の実態を見るだけで、ものみの塔協会の病的な異常性がうかがえると私は思っています。貴重な体験談をありがとうございました。