「この組織が本物であって欲しいさんへ」−「せいら」

(12-4-02)

あおいさんへ  迷路の抜けかた教えます

37歳と言えば、私とほぼ同世代ですね。
この組織が本物であって欲しい 私もそう思ってました。
と言うよりか、むしろ、本物じゃなかったら、どうしよう の方かな?

私達、別に悪口なんて誰も言ってないです。心のうちを吐露してるんです。
だって、心の迷路に落ちてしまったから。

ある人は、理不尽な扱いの為に。
ある人は、助言の袋叩きのために。
ある人は、苛めのために。
ある人は、……。

私がやもめと呼ばれていた頃、当時中学生だった息子とこんな会話をしました。
私:お母さんはまるで迷路をさ迷っているみたい。出口が何処かわからない。
息子:何時の時点で、迷路に入ったか、つまり、迷路の入り口には、戻れる?
私:うん。たぶん、あの時かな…。
息子:迷路を必ず抜けられる方法を知ってる?
私:ううん。わかんないよ。
息子:迷路はね、右手を壁につけて歩きつづけると、必ず、出口に出られるように作られ
   てるんだよ。でもね、それは、迷路の入り口からやらないとだめなんだ。それに、
   途中で、さっき通った道の向かいの壁に出る事もある。そうすると、凄く不安にな
   る。でも、ここで、手を離したらダメ。不安になっても、怖くても、右手をずっと、
   壁につけて歩けば、必ず迷路は抜けられる。お母さんは、どの時点で、迷路にはい
   ったのか解るなら、右手を壁につけて歩いてごらん。
私:右手を壁にって。壁?
息子:そう。壁。お母さんにとって壁になるもの、それは、障害と言う意味ではなく、人
   生の、指針になるもの、それは、何?
私:うーん。聖書。エホバ。でも、ものみの塔じゃない気がする。
息子:じゃあ、お母さんは、指針になるものをはっきり決めて、手を離さずに行けばいい。

私は、あおいさんもまた、迷路をさ迷っているように思えるのですが。

C・S・ルイスさんの物語の中に、こんな一節があります。
*	あの少女は、はやく今の歳になりたいと思い、それまでの時間を無駄に過ごし
すっと今の歳でいたいと思い、これからの時間を無駄に過ごすでしょう*

なんだかあおいさんも、ものみの塔も、あの少女と同じに見えるんです。
時代の流れや、心の変化、価値観のずれ、そういったもので、あの頃の教理は通用しなく
なっている。でも、あの頃の教理を守ろうと、帳尻あわせをしている。そうでもしないと、
今までの自分を否定する事になるから。

自分を否定されるのって、怖いよね。
でも、そうやって、生きてる事自体が、本当は、自分を否定していることに成ると思う。

羅川真里茂さんの漫画の中にこんなやり取りがあります。
宮前:仲間だと思ってたけど、違ったんだ。お前のがずっと可哀相だよな
藤井:お前いい加減にしろよ。自分より可哀想なやつどっかにいないかなって、捜した
   つもりだろうけど、榎木はお前が思ってるような可哀想な人間じゃねえんだよ。
菅野先生:宮前君はね、自分の不幸を悟りたくないから、他人を攻撃して、素の思いを否
     定しているに過ぎないんだよ。

キリスト教世界を激しく攻撃したり、理不尽な助言や、意地悪、ねたみ。みんな、自分の
不幸を認めたくなくて、攻撃は、最大の防御なり!って、泥試合をしているみたい。

でも、自分の不幸を認めないと、幸せにはなれないし、自分の間違いを認めないと、尊敬
は得られないと思う。

マリー・アントワネットは、怒り狂ったパリ市民が、宮殿に押しかけた時、ただ一人テラ
スに立ち、パリ市民にフカブカと頭を下げた。蔑み、怒り、どよめきの中、いつまでも。
怒りに燃えていたパリ市民も、やがて、しずまり、その行為に拍手さえ起きた。

世の人は、たとえ、うわべであっても、代役であっても、命に関わる問題になれば頭を
下げるよね。それを見たら、ゆるせなくても、悔しくても、なんとか、忘れるようにしよ
って、思うよ。

挨拶をしたのに無視された なんて些細なことで、私達が苦しんでるわけじゃないよ。
みんな、命に関わるほどの苦しみだったの。それほどの迫害だったの。だって、私、文字
通り、JWからの迫害で、血を吐いたもん。それに、些細な苦しみでも、頻繁にあると、迫
害だよ。辛いよ。苦しいよ。だから、そんなに私達を責めないでください。

長々と書いたりしてすみません。
えらそーなこと言ってるのも、お互い様と言う事で。

管理人様 気付 あおいさま
 
せいら(ペンネーム)

《編集者より》
これは「あおい」さんからの「この組織が本物であって欲しい」に対する意見です。C・S・ルイスの引用で思い出しますが、人は過去にこだわり、将来のことばかり気にすることによって、最も大事な現在を犠牲にしてしまうことです。これはもちろん、個人個人の生き方にもあてはまりますし、ものみの塔のような組織にもあてはまります。聖書のメッセージを現在に生かすのでなく、聖書の過去の細かな事実にこだわり、将来のアルマゲドンと楽園を常に意識して、現在のこの時を犠牲にするものみの塔組織の姿は、この典型でしょう。