『イエスは食べられて復活した』について−著者やすいゆたか氏より

(12-3-02)

拙著『イエスは食べられて復活した』を是非読んでみたいとのこと、早速航空
便にて送らせて頂きました。少しだけ「エホバの証人」に関するホームページを
拝見させていただきましたが、極めて大切な魂の救済のための尊いお仕事をなさっ
ておられるのに心底より感銘いたしました。今後ともさ迷える魂のためにご尽力
よろしくお願いいたします。

 ところで拙著に関するご質問ですが、読んでいただければすぐに分かりますが、
極めて素直な福音書の解釈に基づくものです。これまでの近代の合理主義的解釈
では、非科学的な事柄や、矛盾点があれば、それはすべて粉飾や虚構ということ
で切り捨ててしまっています。それでは信仰の真実を書き記したバイブルとは言
えません。その可能性は皆無ではないにしても、そういうインチキで身命をとし
て世界宗教に多くの信徒たちが発展させたとは到底考えられません。そこで当時
のイエスやその弟子たちの信仰の告白、布教のありのままが記されているものと
して福音書を解読すべきだと考えました。ただし、宗教ですから当然宗教的真実
を伝えるために、見えない霊をみせるエクソシズムには、隠蔽せざるを得ないト
リックがありましたし、聖餐に関しましても、カニバリズムタブーから教団が皆
殺しにされないためには示唆に止めざるを得ないこともあったと解釈しています。
そうした前提で後はできるだけ彼らの宗教的真実が語られていると受け止め、精
神分析の手法を使って解読しますと、「聖餐による復活(共同幻想的な)」が見
えてくるのです。
<後略>

《編集者より》
これは「投稿「キリスト教の起源」についてに関して本の著者より」に引き続く、やすいゆたか氏よりの投稿です。著書を送っていただき有難うございました。ちなみに、この本の紹介ページをここにリンクしておきます。内容についてですが、「肉を食べ血を飲む」というイエスの言葉が文字通り実行されたとすれば、確かにカニバリズムがあったと言えるかもしれません。しかし、この言葉が象徴的な内容をこめて言われた言葉であったとすれば、カニバリズムもまた象徴的な内容であったかもしれません。実態はもちろん永遠にわかりませんが、興味ある視点を提起した点で興味を持ちました。