「この組織が本物であって欲しい」

(11-14-02)

管理人様

私はエホバの証人の二世で
まだバプテスマを受けていません。

小さい頃(8才くらい)から
エホバの証人の家庭で育ち、
37になりますが、まだ受けていません。

なんか投稿記事で研究生を7年間続けている
とおっしゃるか違いましたが、
私のような人もめずらしいでしょう?(苦笑

なぜ受けてないのかと言えば、
一つには、「受けたかったのに、受けられなかったからです。」
27の頃にバプテスマを受けるための討議をしてもらいに長老監督の所へ近づいたのですが、
なぜか近づけませんでした。

多分、エホバが「貴方はまだ早い。
あなたは、まだその時ではない。」と、言いたかった
のではないかと思います。

たしかに、 私にはこの年になっても、まだまだ
至らない点がありますし、まだまだ足りない部分もあるからだと思います。

まぁ、その点については、出来るだけ努力したいと思います。
いつか、エホバご自身が「もう受けても良い。
受ける資格がある。」と、その機会を作ってくださるかもしれないし、
一生ないかもしれません。

で、何が言いたいかと言えば、
この組織が本物であって欲しいと言うことです。

確かに私にも疑問に思っている点はいくつかありますが、でもそれは、私の認識不足と
やっぱりまだ分かっていない点があるからだと思うし、
口では、「エホバはなんて不公平な神なんだ。」と
いいつつも、心のどこかでは、違うんだ。
って、思いたいんです。

そうでなければ、じゃあ、どこに頼ればいいのでしょう。
人間には救いが必要なんです。

私は救ってくれる神が欲しいんです。
エホバしかいない。
そう信じたいんです。

私は今までいろんなところで、沢山いじめられて
理不尽な思いして、苦しめられてきました。
いつかエホバが公平に悪い奴を裁いてくれるって
信じたいんです。

だって今の私にはエホバしかいないんです。

エホバしか知らないんです。
もし間違っているというなら、
他に救ってくれる神がいるなら、教えてください。

それとみなさん、会衆の仲間のクリスチャンの
悪口を言われているようですが、
エホバの証人といえども、不完全な人間なんです。
バプテスマを受けたからと言って、聖人君子になれるわけではないんです。
もちろん、努力はしている人たちですが。

エホバの証人といっても、不完全な人間なんです。
だから過ちや間違いを犯したり、
時には自分はそのつもりがなくても他人を傷つけてしまったりすることだってあるんです。

(もちろん重大な罪を犯してしまったときは
排斥されますが。)

だからエホバの証人は悪い奴らだ。と言うのは、
あんましどうかと・・・。

だからそのために「互いに惜しみなく許し合いなさい。」と常日頃教えられているんです。

人間は不完全なので、
それぞれの気持ちのすれ違いもあるだろうし、
誤解も生じます。

たとえば、
朝挨拶したのに、無視された。とか。
たまたまその声が相手に聞こえなかっただけかもしれないのに。
なんかここに投稿されてる方で、批判されてる方は、
そういう思いこみで書いてるように思えます。

なんかえらそーなこと書いてごめんなさいね。
管理人様

あおい(仮名)

《編集者より》
人が何かにすがりたい、何かに頼って救いを求めたいと思う心は全く自然であるし、私はそのあなたの態度も自然なものと思います。そして家庭の環境から、あなたが「エホバ」に頼ることを決めたのもまた当然であると思います。ただ、問題は次のあなたの考え方にあります。つまり「この組織が本物であって欲しい」と言いながら、「そうでなければ、じゃあ、どこに頼ればいいのでしょう」と言って、その次に「私は救ってくれる神が欲しいんです。エホバしかいない」という結論になっています。よくご自分の思考の筋道を考えて下さい。あなたは、結局「組織に頼りたい、それがエホバだから」という論理にはまっているのに気がつきませんか。「組織が・・・」と出発して、「・・・エホバだ」と行き着いていることが見えませんか。最初に申し上げたように、あなたが「エホバに頼りたい」という気持ちは当然であると言いました。しかし、あなたが「エホバに頼りたい」と言いながら、本当に頼っているのは「組織」であることがわかるでしょう。どうしてそれが問題なのでしょうか。

それは「組織」が「エホバ」にこっそりとすり返られて、あなたが本当に求めているエホバの崇拝ではなくて、人間の作ったニューヨークの出版会社「ものみの塔聖書冊子協会」への崇拝に巧みに置き換えられるように、あなたが子供の時から教育をされてきたことなのです。あなたが「エホバを信じている」と思い込みながら、その実は「金の子牛」のような人間の建造した巨大な組織を信仰することになっているのです。それが問題なのです。

何も「エホバの証人は悪い奴らだ」と悪口を言っているのではありません。ただエホバの証人も「ただの人」に過ぎないし、「ものみの塔聖書冊子協会」も「マクドナルド」や「アムウェイ」と同じような世界を制覇する「ただの会社」に過ぎないと言っているのです。それは悪口ではなく、何も特別なことはないと言うだけのことです。エホバの証人がアムウェイの訪問販売員と違うのは、お金ではなく「永遠の楽園」の夢を報酬としていることだけでしょう。

「他に救ってくれる神がいるなら、教えてください」というあなたの言葉に対しては、世界中の大部分のエホバの証人以外のキリスト教信者は、あなたと同じように聖書の神を信じていることを指摘すれば充分でしょう。何も他の遠くを探す必要はないのです。ただ、重点は「キリスト教」という名の通り、「イエス・キリスト」が最大の信仰の対象となっています。あなたに私がその信仰を教えることができるかとお尋ねですか。私は信仰は教えるものではなく、自分で見つけるものであると信じています。あなたは子供時代からエホバの証人の家庭に育って「組織への信仰」を教え込まれて今に至っています。そこにまた別の「信仰」を教えてもらっても、あなたはいつまでたっても外から与えられた信仰しか知らない人間で終わるでしょう。 あなたが必要としているのは、これ以上の外から与えられた「神」ではなく、自分自身で見つけた「神」なのです。組織の教えから離れて、聖書、特にイエスとパウロの言葉を虚心坦懐に先入観なしに読んで下さい。あなたが組織によって目を曇らされていなければ、きっとものみの塔の「金の子牛」が見えてきて、イエスキリストを再発見することができるかも知れません。必要なのは組織によって目の曇りを除くこと、心を素直にすること、そして祈ることであると思います。