私のJWの生い立ちについて−「とっくに不活発」より

(10-25-02)

これは他サイトにも載せられると思います。
ですが、JWICにいらっしゃってる方々にも読んでいただきたく、投稿させていた
だきます。
(編集者様へ:長くて申し訳ありません)

私は昭和51年に生まれました。
父は仕事人間(もちろん世の人)、母はまだJW研究生でした。
父は転勤族でしたので、多くの会衆を転々としました。

私が2才の頃に母はバプテスマを受けたようです。
その司会者が、体罰の熱心な推奨者だったようです。
母が言うには、その司会者の子供は、椅子に縛りつけられて叩かれていたとか。
母がそもそも研究を始めたのは、伝道に来たその姉妹の子供の行儀が良かった為だそう。
そりゃそうですよね、騒いだら何されるかわかったものじゃありません(笑
その流れで、母もムチをするようになったようです。
小学校に入る前には既に、私も母と研究させられていました。

父は熱心な反対者でした。母に手を挙げた事もあったそうです。
何故反対したかというと、「仕事から疲れて帰ってきても電気のついていない家に
帰ってくるのは嫌だった」と。
家族がバラバラにされると思ったようです。まったくその通りですが。
その父が研究を始めたのも、私が小学校に入る前でした。
その理由は、「JWにも型破りな人がいるんだ」というものでした。
父の司会者は、研究が終わった後にウチで酒を飲んでそのまま潰れるような破天荒な方でした(笑
父も、そのような人柄に惹かれて研究を始めたようです。
その父がバプテスマを受けたのは、私が小学校に入ったあたりと記憶しています。

小学校に入った頃、ウチは既に神権家族でした。
その為、当然のように「先生への証言」という事が必要になります。
国旗敬礼・国家及び校歌斉唱、騎馬戦や棒たおし、献血等できない事だらけでしたから。
そのような事をしないJWは、全校集会等でも別の列に並ばされました。
当然、友人達から集中砲火を浴びます(笑
それはそれはツライ事でした。先生達からはのけ者にされ、友人達からは奇異の目で見られる。
でも、「エホバの為」と自分に言いきかせ続けて耐えました。
なんて健気な小学生だったんでしょうね。
もちろん、家では何か悪い事をすると「ムチ」が待っています。
具体的にどのような事が対象になるかというと、
「この世の友達と遊ぶ」
「学校から遅く帰ってくる」
「反抗的な態度をとる」
「集会で居眠りをする」
「道に落ちていたエロ本を見た」
「伝道を休んだ」
もはや数えあげればキリがありません。ま、虐待するのに理由は必要ありませんし。
最高では一度に百回以上叩かれました。私の口にタオルを詰め込んで、親が二人がかりで。
それもこれも「エホバの為」でした。
叩かれてスネていると、また即ムチです。
そうやって恐怖を植え付けられて素直に育ち始めた私は、小学三年で「伝道者」になります。
これは「模範的」ともてはやされ、会衆内外の子供たちの手本と称されるようになります。
「大会」という、沢山の会衆が一度に数千人集まる時に、壇上でインタビューを受けるほど。
それも一度や二度ではありませんでした。
そのようなエリートコースを歩んだ私は、小学5年の終わりにバプテスマを受けます。
JWとして一人前として認められる行為です。
その前に試験のようなものがあるんですが、一発でパスしました。
長々と質疑応答が続くんですが、聖書から全て答えるんです。
記憶さえしていればOKのこの試験、非常に疑問でした。
「こんなので一生を捧げる事になっていいのか?」と。
でも、それ以上の疑問は心にしまいこみました。何故なら、その後のJW人生には栄
光が待っている筈・・・でした。
実際にそうなります。私のいた巡回区では最年少の兄弟になり、周りの見る目が変わ
りはじめます。
「模範的な若者」から、「すばらしい兄弟」へと。
チヤホヤされて私は有頂天でした。
JWには、巡回監督・地域監督や支部委員というポジションがあります。
そのような方々が我が家に泊まるようになりました。
そう、その頃は「巡回区一」の模範的家族になっていたんです。
もはや、我が家はJWでは有名家族でした。

この頃既に母親は「正規開拓者」という地位でした。これは、信者を増やす最前線に
いる人を指します。一ヶ月に90時間を伝道する事が仕事でした。
また、父は「長老」というポジションに就きました。
これは、各会衆を指導する立場で、非常に大きな影響力を持っています。

神権家族、しかも長老であり主宰監督でもあった父の息子の私。
会衆内では私に対する見方は二分しはじめました。
「あの兄弟は家族でがんばっている。模範的だ」と言う人。
その陰で、妬みからなのか悪口・うわさ話をする人。
私が何を言われているか、私は大体把握していました。
なんと言っても、子供の頃から父より年上の方々と交流してきたんです。
それもJWではかなり上の権威に位置する人達と。
だから、人を見る目だけはついていました。
会衆内の人間がどこのグループに属しているのか、それを見極めながら人と付き合う
事にしたんです。
この経験は今も役に立っていますね。自分の旗色が悪いとすぐに気付きますから(笑
泥沼にハマる前に改善できる・・・というか。

そのうちに私は中学生になります。思春期で、証言も一番やりずらい時期でした。
仲間を失いたくない、が、エホバの証人としての立場も捨てられない・・と。
(もはや立場が立場だっただけに後戻りはできなかったんです)
ですから、柔道も国家斉唱もしない・・が、不良になるという不思議な方向へ走り始めます。
仲間に見捨てられない為にはそれしかなかったんです。
授業もロクに出ない。学校内外では問題を起こす。学校から親にTELされるような毎日。
まったく行動では証言できてませんでしたね。先生達も不思議だったでしょう。
しかし、「仲間」とうまくやっていくにはそれしかなかったんです。
ところが問題が一つ。クラスメートにJWがいたんです。これまた優秀で美人な女子が(笑
勉強も学年で一桁。品行方正。カワイイ。
ところがもう一人のJWときたら(俺)、素行不良のあげく問題児(笑
これには、先生のみならず仲間達まで不思議な目。
おまけに、今度は俺が仲間達に心配されるといったオマケ付き。
何か悪さをしようとすると、
「お前、こんな事やってて大丈夫か??」なーんて心配してくれるんですから(泣

こんな学校生活が三年続きました。
この間、私はJWとしての生活は・・ただただ集会に出席して伝道にそこそこ出ると
いった状況。
どの程度で伝道してたかと言うと・・・
土曜の午後と日曜の午後・夕方くらいだったでしょうか。ごくごく平均的なJWで
しょうね。

そして高校入学。
ここで私のJW人生最高の時期がやってきます。なぜか一念発起しちゃったんです。
理由は会衆内の姉妹に惚れてしまった事でした。文通(古ッ!!)してて励まされちゃった(笑
そこで、その姉妹と一緒にいたくて(伝道してると二人きり)、補助開拓者を志願します。
(月60時間の奉仕。高校生には容易ではない。)
これを一年以上続けたでしょうか。高校二年の終わり頃まで。
また、この頃、父も大会でのナンバー4くらい(あまり正確に書くと完全に特定でき
る為)の役職に就いていました。
もう怖いものはない状態。大会でも、私が歩けば道が開くといった状況(マジです)。
本当に肩で風をきっていたかもしれません。
でも、ここいらからは潮が引いていくような状況になります。
今回のきっかけは自分。高校二年にもなると、自分の将来を嫌でも考えなければなりません。
学校でも就職活動する事が必要になりますし。
ところが、どう考えてもJWとしての将来像が見えてこないんです。
俺が、「必要の大きな」所に行ってやっていけるとは思えないんです。
今までも親の七光りでやってきたわけですし。
だからと言ってJWを離れてやっていけるか?と言われても・・・。
という事で、とりあえず父の会社に就職する事にしました。
就職活動もしなくてイイですし、何より、やりたい事も見つからなかった。
車が好きだったけど・・・そういう方面で仕事する勉強をしてきたわけではなかった
ですし。

そして卒業し、父の仕事を手伝いはじめます。約半年。
この頃には既に車に目覚めており、夜の集会が終わるとそのまま峠に直行(笑
で、ツテをたどって車関係の業種に就職します。
これが、繁忙季になるとめちゃくちゃいそがしく、午前2時あたりに帰る事になります。
もはやJWとしてリタイアしかけていた私。当然仕事を選びます。
この頃、父も長老としての立場にピリオドを打ちます。
ここからがJWの本当の怖さを知る事になりました。
毎回ではありませんが、集会に行っていた我が家。
ところが、挨拶すらしてもらえないような事になっていたんです。
それどころか、まるでそこにはいないかのように、まるで空気のように扱われました。
挨拶しても返してもらえない。特権(会衆内での仕事です)も何もなくなっていた。
これには悩みました。俺が一体なにをしたんだろう?俺は排斥でもされたのか?
なんでこんな仕打ちを受けなければならないのだ?

ここからJWを調べあげ、ついに19年かけてJWの真実に気付いた私。結論はこうでした。

JWは人間の組織である。その教理はたびたび変更される。
真理を改変するのがこの宗教の特徴である。

JWの成員のほとんどが、家族内に問題を抱えている(いた)。
その解決を求めてJWに入信。ある意味、これは悪徳商売である。

マインドコントロール術もこの宗教のテクニック。
特徴その1:外部情報との遮断。
        以前はTV・ラジオ。現在はインターネットが標的。
        その出版物に、「注意」や「避ける」という言葉が使われたら、
        全JWはそれをやめるよう求められる。
特徴その2:恐怖感の植付け。
        ハルマゲドン後の恐ろしい絵を何回も見ているJW。
        いざ脱会しようとする時に、睡眠中、この絵が動画になって脳内に表われる(マジです)。
        未だにこれから抜けられない元JWも多いようで・・私もタマーに出てきます。

審理委員会について。
この人の一生を左右する問題なのに、あまりに曖昧。
結局は委員会内の多数決。そんなのでその人を追放し、その人の一生が決まってしまうのだ。
これもJWが得意としている人生破壊の一例でしょう。

こんなのを挙げたらキリがありません(笑

このような矛盾や疑問は限りなく、今もとめどなく増え続けています。

結局、私は「組織から離れる」という結論に達しました。
これ以上この組織にいても、得る物は何もない。それどころか、私の自尊心が、再生
不能なまでに打ちのめされてしまう。
そのような危機感からだったのかもしれません。
そして、組織内で俗に言われる「この世」の活動に没頭するようになります。
しかし、離れてからの数年は、常に恐怖感におびえていました。

「ハルマゲドンで自分はどうなるんだろう」
「こんな批判的な考え方は・・自分は背教者なのかもしれない」
「排斥されたら・・ハルマゲドンで死」

夢にもハルマゲドンが出てきました。もちろん、私は滅ぼされていますが(笑
このような夢は今も見ます。一年にほんの数回ですが。
意識下で(と言うのかな?)、今もマインドコントロールが解けていない証拠なのかもしれません。

この前後、私は今の彼女と知り合います。
彼女は、精神的に多少ズレている(そうであっただろう)私を大きな心で受けとめてくれました。
実際、今になって思い返してみますと、あの頃の私は非常に精神不安定でした。
彼女が傍にいてくれないと泣き出しそうになり、夜中や明け方に呼び出して逢ったりしたものでした。
これもJW後遺症だったのではないでしょうか。
あれは、JWという巨大な組織から独り立ちしようとしていた時の、精神的にギリギ
リの状態であったと思います。
それを黙って支えてくれたのが彼女でした。
今も彼女はあまりJWについての深い知識はありません。ですが、事情をある程度察
してくれていたのでしょうか。
私は彼女に助けられて社会へ出る事ができたのでは・・と思います。
もちろんこの当時も「峠」で走っていましたが、彼女の写真は回転数計の隣に貼っていました。
当時はマジメに命をかけて走っていました。(ただの無謀行為ではありますが・・・汗)
その時も彼女の写真は手放さなかった事を考えますと、私の彼女への依存度は凄いも
のがありましたね。

また、その峠の仲間達も私の心を救ってくれたヤツらです。
毎日毎日顔を合わせ、朝まで一緒に走り、ダベり、飯を食べにいく。
たったそれだけの事でしたが、私には非常に新鮮に感じられたものです。

今現在、私は小さくではありますが事業を興し、幸せに暮らしております。彼女とも
(私なりには)結婚を前提に。
両親共にJWではありますが、以前よりも視野も広く、それなりにやっているようです。

私自身は、JWにはほぼ関わっておりません。そして、今後も関わるつもりはありません。
大会や記念式の誘いのお手紙は頂戴しておりますが、ありがたくゴミ箱に投げさせて
いただいております(笑
しかしながら、自分からJWの立場を捨てる気もありません。
その理由とは、「内部からJWの崩壊を見ていたい」という事にあります。
やはり、完全にJWを捨ててしまうと情報が乏しくなってしまいます。
組織が出す各出版物はちゃんと読んで、その疑問点、矛盾点を探し出しています。
そして、機会があるたびにそれを公開していく、それが私の務めと考えております。
そうやって、私の不幸な事を他の方々に繰り返させない、それがJW経験者としての
使命と考えている為です。
これは、外部の人間には非常に難しい可能性がある為です。
JWICの編集者ほどではありませんが、私にも、それなりに情報提供してくれるJWが今もいます。
そのような情報は私なりに各所で公開していくつもりです。

今後JWになろうとしている研究生の方々、また、組織に疑問を持っているJWの方
へ伝えたい事があります。

よく調べてください。
今現在の教理だけでなく、過去に組織の教理がどのような変遷をたどってきたのか。
そのたびにどのような言い訳をしてきたのか。
「血」に関する問題はどのように変化してきたか。今後どのような方向に進むのか。
会衆内で村八分にされている人はいないか。なぜそうなったのか。
長老一派はどのような人がいるのか。そのグループの普段の会話はどのようなものか。
会衆は分裂していないか。どのような分派ができているのか。
集会が終わってすぐ帰る人。交わりをしないのは何故なのか。
居眠りをしている若者はいないか。その若者が社会に出るまであと何年ありそうなのか。
ご主人の転勤でもないのに会衆を移転する姉妹はいないか。何故移転する必要があるのか。
巡回監督がいつも泊まる宿舎はどこか。その家族は模範的なのか。
自分の会衆に地域監督が訪問してきた事はないか。もし来たら、自分の会衆には問題がある。
非公式の巡回監督の訪問も同じ。問題解決の為の非公式の訪問なのだ。
集会が終わった後、長老が集まったりしていないか。審理委員会の予兆かもしれない。

このような事に注意して見ていると、JWの本質が見えてくるかもしれません。
そして何より、

JWに入ったら抜けられない

という事だけは肝に銘じておいてください。
あなたの家族、親族、そして彼女は辛い思いをする事になるのです。


「とっくに不活発」より。

《編集者より》
レイ・フランズの例ではありませんが、エホバの証人一人一人の一生はそれだけでドラマであり、最も有効なものみの塔の内部告発になると思います。私のように、この問題を精神衛生の観点から興味を持つ者にとっても、これは非常に重要な参考資料になると思います。今後も必要に応じて参照させていただきます。自分の過去をさらけ出すのは非常に勇気がいりますが、それを乗りこえて投書して下さったことを感謝申し上げます。