「対話に向けて その2」を読んで…−KSさん

(10-15-02)

度々のメールですみません。KSです。

「良心の危機」を翻訳してくださった、樋口 久さんの書かれた、
「対話に向けて その2:エホバの証人であることの魅力」を読ませて頂いて、
本当におかしくて笑ってしまいました。ユーモアのセンスに脱帽です。

とっても、分かりやすいですね。おっしゃるようにエホバの証人の中のかなり
の部分の方が、自分の心の中をじっくりと見ていないのは確かですね。
わたしも常々気になっていたことが、明快なことばでつづられていました。楽
園での物質的に豊かな暮らしを期待しているのに、今それを得ていると「物質
主義」と言われ、貧しいことが美徳であるように賞賛するのはなぜだろうと思
っていました。

今年の夏の地域大会では、大企業を勤め、裕福に暮らすことを密かに夢見てい
た兄弟が、交通事故をきっかけに仕事を辞め、今でも公営住宅に住んでいるこ
とを、自慢するように言っていたことが、印象に残っています。

数十年前の人たちから見れば、今、車を持ち、携帯電話を持ち、パソコンを持
っている(わたしのいる会衆では3分の1かそれ以上)大部分の兄弟たちは物
質主義と判断されるかもしれません。

物質主義とは心の問題なのに、わたしたちは外面だけを問題にするようにし向
けられてきたんですね。
こうしたことは個人の問題だと思っていましたが、組織がそのように「教育」
してきたことが、このサイトを読んでよく分かってきました。

《編集者より》
私もいまだに、エホバの証人が戒める物質主義の内容が分かりません。物質的な希望を持つなということであれば、確かにアルマゲドン後の世界は、物質的な欲望を最もくすぐるような世界で、筋が通りませんし、現在の時点で物質的な幸せを追求するなということなら、沢山の大金持ちで事業家のエホバの証人は、それこそ聖書に書いてある通りに全財産を売り払わなければならないはずですが、それもしていません。質素な生活を勧めているようでもありますが、私の周りのエホバの証人は、皆いい家に住んで、いい車を買って、現在の物質的生活を楽しんでいます。ある長老はしょっちゅうバケーションで旅行に出てばかりいて、「旅行する長老」と呼ばれています。ただ、一つ共通するのは、それだけ物質的な生活をしていても老後の蓄えや保険などにはお金を使わないことです。借金もかなりしますが、返済はそれほど心配していないようで、やはり全てはハルマゲドンで清算されるから、それまで楽しむという態度が底流に流れているように思います。