これから・・・とっくに不活発より

(9-26-02)

前回、「「地獄の様な生活」−エホバの証人二世の子供時代の投稿をなさった方へ」
という投稿をした者です。今回からは、「とっくに不活発」というHNで投稿させてい
ただきます。

実は、先回の投稿をプリントアウトして母に渡しました。私の投稿だけでなく、他数件の投稿と一緒に。
「読んでも読まなくてもいい。ただ、読むのなら、このような事があることだけは知っておいてほしいから」と。
正直言って、母が読むかどうかは半信半疑でした。
ものみの塔協会以外のエホバの証人について語る文書を母が受け入れるとは思えなかったからです。
一週間ほど経ち、母からこう言われました。
「全部読んだ。「「もう潮時かもしれない」−大会での感想」(昨年の投稿)は、私もわかるものがあるよ。」
先回も少し書きましたが、我が家は模範的な家族でした。しかし、長老を降りてから
というもの、両親は集会でも大会でも「空気」のように扱われてきたと聞いていました。
まるで汚らわしい物を見るように目を背けられ、そこにはいないかのように扱われてきたと。
あの投稿をなさった兄弟と同じ心境だったのでしょう。

そして、私の投稿については・・・涙を浮かべてこのように言いました。
「今になって本当に後悔している。あなたにはいくら謝っても謝り足りないくらいに思っている。
私は、あなたが書いたあの文章を墓まで持っていくつもり。これから一生あれは捨てないで取っておく」

ここまで言っても母は組織から離れるつもりはありません。もちろん、私もそんなつもりで渡したのではありませんが。
実は、母が組織から離れないのには訳がありました。それはつまり・・・私なりに解釈すると、これも復讐なのでしょうか。
「私達が何の罪を犯したわけでもないのにこのような扱いをされるのは納得できない」
「いつか神の答えが出される筈だ。その時まで私は待つ」
なるほど・・・。私とは別のアプローチで組織を冷ややかに見つめてきたんだな・・と。
だから、どんな目で見られようとも、どんな陰口を叩かれようとも母は集会に行くのです。
このような方法もありなのかな?と。私はこの手段を取る気にはなりませんが、
母も結局は私と同じようにこの組織の行く末を見たいのです。内部から。
母は言いました。
「確かに人間の組織だよ。ただ、この組織を通して神を信じた以上、最後まで見ていたい」と。

母はあの文章が相当ショックなようでした。しかし、自分のした過ちに気付いているようでしょた。
私自身は組織を恨んでいるのであって、母には何の恨みも持ってはいません。
しかし、母は「責めるべきは私だ」と言います。その時、つくづくと「母も被害者なんだ」と思いました。

当時のムチ打ちについて、今は思い出す事も少なくなりました。
不活発になってから長い時間が経ったからなのでしょうか。時が解決してくれたのかもしれません。
ただ、これからはその重い記憶を呼び起こしていこうと思います。
ツライ記憶もあるでしょうが、公開する事によって警鐘を鳴らす事ができれば・・と。
そして、私自身、その記憶を呼び戻さねばならない時なのだとも思います。
そうやって、過去の自分の行動を紐解き、今後の生活に役立てなくては今までの人生
が無意味になってしまいます。
笑顔だけは絶やさないんですね、そのように教えられましたから(笑
読解力もあるんですね。あれだけ聖書読みましたから(笑
想像力もあるんですね。あれだけ楽園を待ち望みましたから(笑
人前でもおじけづかないんですね。あれだけ演壇から100人を前に話しましたから(笑
初対面の人でもものおじしないんですよ。あれだけ伝道しましたから(笑
こうやって前向きにいままでの人生を捕らえる事が大事だと思いはじめました。ただ組織を批判するだけでなく。

証人の虐待については、また数日後に送りたいと思います。
なぜ私にあのような行動に及んだのか、母から当時の集会の様子についても聞きましたし。
私自身思い出した事もありますから。

ではまた。

《編集者より》
あなたご自身の体験もさるものながら、あなたのお母様の体験と苦しみもさぞかしかと察します。「母も被害者なんだ」という、あなたの言葉はその通りだと思います。あなたのお母様が直ぐにやめる気にならないのも普通で当然の反応です。自分の人生の半分以上を、命をかけて組織に奉仕してきた、自分の心全体のようなエホバの証人の信仰を取り除いたら、その後に何が残るでしょうか。これはお母様の心の土台のようなものです。土台が腐ったとしても直にそれを取り除くことは出来ません。土台を取り替えるには慎重に少しずつ新しい材料で腐った部分を置き換えながら、全体が崩れないようにやっていかなければなりません。今、エホバの証人をやめることは、お母様にとって腐った土台が一気に崩れ去るようなもので、到底受け入れられません。古くなった家でも、何とか住み続けられれば、危険な土台の修理はしたくないと考えるのは、年をとった人間によくある考え方です。土台が腐っていることは見えても、もう最後まで住み続けたいというのは仕方がないことであると思います。あなたとこのような心の交流ができるようになったのですから、お母様が組織に留まるか止めるかは、もう本質的な問題ではなくなったように思います。