女と蛇の話

(9-25-02)

 15年間の奴隷生活から,このホームページによって救われた者です。
編集様初め、全ての記事において教えてくださった方々に、どんなに感謝してもしき
れません。
有難うございました。
そして、イエスの警告のほとんどがこの宗教組織において成就していることを知り,
改めて聖書が神の言葉であることを実感せざるを得ませんでした。
今、私の思いの中で創世記の「女と蛇」の話が新しい意味を帯びて甦っています,今
日はそのことについて書かせていただきます。
         
 「初めの日の出来事」

 そうして神は,見て好ましく食物として良いあらゆる木を地面から生えさせ,また園
の真ん中に「命の木」を,そして「善悪の知識の木」を[生えさせた]。
 それから神は人に命令を与えてこう言われた。「園のすべての木から,あなたは満
ち足りるまで食べてよい。しかし,「善悪の知識の木」については,あなたはそれから
食べてはならない。それから食べる日にあなたは必ず死ぬからである」。

 さて,神が造られた、すべての野獣のうち蛇が最も用心深かった。それで[蛇]が女
にこう言いはじめた。「あなた方は園のすべての木からは食べてはならない,と神が
言われたのは本当ですか」。
 それに対して女は蛇に言った,「園の木の実をわたしたちは食べてよいのです。で
も,園の真ん中にある「善悪の知識の木」の実を食べることについて,神は,『あなた
方はそれから食べてはならない。いや,それに触れてもならない。あなた方が死ぬこ
とのないためだ』と言われました」。

 それに対して蛇は女に言った,「あなた方は決して死ぬようなことはありません。
その[木]から食べる日には,あなた方の目が必ず開け,あなた方が必ず神のようになっ
て善悪を知るようになることを,神は知っているのです」。
 そこで女は見て,その木が食物として良く,目に慕わしいものであるのを知った。た
しかに,その木は眺めて好ましいものであった。それで彼女はその実を取って食べは
じめた。その後,共にいたときに夫にも与え,彼もそれを食べはじめた。

「終わりの日の出来事」

 神は、荒れ果てた地上で「罪と死」のくびきに苦しんでいる「女」を哀れに思われ
た。それで
神は,見て好ましい食物として良いあらゆる木を地面から生えさせ,また真ん中に「イ
エス」という名の「命の木」を,そして『地上の楽園』という名の「知識の木」を[生
えさせた]。
 神は人に命令を与えてこう言われた。『命を得、死のくびきから出るため、あなた
は、「イエス」という名の「命の木」から実をとって食べなさい。「命の木」から,
あなたは満ち足りるまで食べてよい。』
しかし, 『地上の楽園』という名の「知識の木」については,あなたはそれから食べ
てはならない。それから食べる日にあなたは必ず死ぬからである」。

 さて,神が造られたすべての野獣のうち「蛇」が最も用心深かった。それで[蛇]が
女にこう言いはじめた。『あなたは、イエスという名の「命の木」から実を取って食
べなさい』,と神が言われたのは本当ですか」。
 それに対して女は蛇に言った,「その木の実をわたしたちは食べてよいのです。で
も,隣にある「命の木」によく似ている「地上の楽園」という名の「知識の木」の実
を食べることについては,神は,『あなた方はそれから食べてはならない。いや,それ
に触れてもならない。あなた方が死ぬことのないためだ』と言われました」。

 それに対して蛇は女に言った,「あなた方は決して死ぬようなことはありません。
その「知識の木」から食べる日には,あなた方の目が必ず開け,あなた方が必ず「地上
の楽園」で「永遠の命」を得るようになることを,
神は知っているのです」。
 そこで女は見て,その木が食物として良く,目に慕わしいものであるのを知った。た
しかに,その木は眺めて好ましいものであり、肉の欲望をそそるものであった。それ
は「命の木」の実よりも好ましく見えた。それで彼女はその実を取って食べはじめ
た。その後,共にいたときに夫にも与え,彼もそれを食べはじめた。
しかし、イエスという名の「命の木」から実を取って食べようとは、決してしなかっ
た。

ヨハネ 6:53「きわめて真実にあなた方に言いますが,人の子の肉を食べず,その血を
       飲まないかぎり,あなた方は自分のうちに命を持てません。      

どうぞ、エホバの証人の皆様
イエス様の「パン」と「ぶどう酒」に預かる者 となってください。

《編集者より》
これは創世記を使った一種のパロディーだと思います。創世記は、意味深い隠喩が多く使われていますが、このイブと木の実の話は、アダムの原罪の始まりとして重要な意味があると思います。私は、アダムとイブが行なったことは間違いではなく、その後に起こったことは決して彼らの責任ではないと思います。彼らが木の実を食べても食べなくとも、人間の罪は常にあるもので、木の実は単なる象徴でしかないと思います。ただ、あなたのパロディーが意味あるものになるのは、やはり木の実を食べたことが「全ての間違いの始まり」となったことで、その意味では「地上の楽園」と「知恵の木の実」の相関は理解できます。