「地獄の様な生活」−エホバの証人二世の子供時代

(8-14-02)

 私は元伝道者だった20歳の女性です。
現在はカリフォルニアで大学に通っています。
母親の影響(というか無理やり)で15歳まで活発とはいえなかったものの組織にいま
した。
母親がエホバの証人になったのは私がまだ2,3歳の頃でした。
父親は強く反対していて、物心付いた頃から家庭内の雰囲気はいつも
険悪だった記憶があります。
確か私が幼稚園に通っている頃母はバプテスマを受け、そこから私の
地獄のような10年が始まりました。

 まず、母はエホバの証人以外の子供たちとの学校以外での接触を一切
禁止しました。
又、漫画、雑誌、テレビといったものも禁止され、小学生の頃は
集会、奉仕に行く以外ほとんど監禁状態でした。
少しでも口答えをすれば、ガスホースでぶたれ、家の外に出され、
2日間は完全無視をする状態でした。
ちょうどその頃が母が一番に活動していた時期でした。
我が家は夫婦関係も経済状態も最悪だったというのに、母は、
奉仕活動に出るために働こうとはしませんでした。
服を買ってもらうことも、習い事も出来ずに私は毎日行きたくもない夕方の奉仕に
連れて行かれたのを覚えています。
しかし、この時期母は自律神経失調症になっていたようで(後から知りました)
感情に任せて私に当り散らしていました。
が、会衆ではそんなそぶりも見せずますますのめり込んで行ったようでした。

 私は中学校に入った頃からエホバの証人に対する不信と疑問を感じるようになりましたが、
親や周りの証人たちの圧力もありかたちだけの伝道者になりました。
その頃から、親には言わず友達とも遊ぶようになりました(門限を過ぎて
家に入れてもらえないこともありましたが)。
でも、母は相変わらず私の服装に目を光らせ、
学校の三者面談の時には私がどれほどエホバを愛しているか、そして奉仕活動のために
部活動に入らないことを担任に説明しろと言ってきました。
当時同級生と付き合っていることが親にバレ、
他の証人達まで一緒になって無理やり別れさせられました。

 そして、中学3年生の受験のときに決定的なことがあり、私は会衆とは縁を切りました。
私は高校受験に向けて塾に通いたかったのですが、
「世との交わり」になると母は許してくれず、
その頃から親子関係が微妙になっていったのだと思います。
私には勉強したいことがあり、そのために行きたい学校がありました。
塾に行かずにその学校の合格ラインに達したことは
とても自信がありました。
 
 が、そこは私立だったため学校見学に行くことさえ許されませんでした。
仕方なく私は行きたくもない学校へ行くはめになったのですが半年で辞めました。
と同時にエホバの証人とは縁を切り大検を取ってアメリカで大学に入りました。

 さすがにこの一件で母も懲りたようで、
その後会衆内でごたごたが起きたこともあり集会などには
一切行かなくなりました。
完全に縁を切ったのかどうかは知りませんが
最近では「後悔してる」と言っています。

 しかし、私はエホバの証人も、それにのめり込んで
散々私を肉体的、精神的に虐待しつづけた母を
許すことが出来ません。
顔を合わせば口論となるのにもうんざりです。
母は「申し訳なかった」と言いますが、
そんな言葉で済むようなことではありません。
描いていた将来の夢も希望もすべてこの宗教に
潰されたのです。

 宗教というのはそもそも人を苦しめ抑圧するためのものでは
ないはずです。
宗教は時としてひとを盲目にします。
しばらくたってまた目が見えるようになった時、
取り返しのつかないものを失うかもしれないということを、
どうか忘れないで下さい。

《編集者より》
お母様を許すことができないのも当然と言えるようなエホバの証人二世のつらい人生がありありと分かります。場所を変えて、環境を変えることによりあなたの新しい人生が開けることでしょう。過去にこだわらずに希望を持って下さい。しかし、よく考えてみればあなたのお母様も加害者であると同時に被害者であったのですから、許してあげるべきかも知れません。最も問題なのは、この組織が未だに全世界でこのような悲劇を広げる策略を展開していることにあります。あなたのこのような貴重な体験談を世界中の人々に知らせることが、あなたのような悲劇を他の人に起こさせない予防薬になるのです。身の回りからエホバの証人に関する啓蒙運動をして下さることをお願いします。