「むなしい自分の過去」

(8-7-02)


はじめまして。
このページを時々訪れては慰められます。
自分の過去を振り返ると後悔はないものの
むなしい気持ちがします。
15歳でエホバの証人と出会い、9ヵ月後に
バプテスマを受けました。1981年の春の
巡回大会でした。そして82年の9月高3の
時から開拓奉仕をしていました。
中学から私学でしたからもちろん誰でも
大学も行けた訳ですが、私の頭の中には
終わりが迫る今大学なんていう考えしか
なかった訳です。
聖書をとにかく読むこと、出版物の言うことに
従う事しか道はないと思ってました。
たまたま家族を司会した姉妹がその会衆の
異端分子と思われた人だったために、長老団
から様々な嫌がらせを受けました。
それでいて長老が近隣の会衆に公開公演
に出かけると勝手に会衆の進歩的な若い人
という事で経験を話したりしてたそうです。
今にして思えばとてもくだらない事ですが。
正義の為にクリスチャンは妥協してはならないと
、それが霊的戦いだと思ってたので、支部や
統治体まで手紙を書いた事もあります。
(ことごとく、当てははずれましたが。)
20歳の時、数名が排斥になりましたが、それでも
組織は、少なくともエホバの教えは絶対だと思い
15年間地下で仲間と集いあい、5つの集会と奉仕
をしてきました。(ちゃんと、出版物も入るルートも
あったので。)目がさめるのにあまりに多くの時を
費やしてしまいました。あまりに愚かだったのでしょう。
どこかに真理があるはずだから、これこそと思って
たんです。まだまだ考えの点でリハビリが必要です。
37歳の今も異性とさえちゃんと付き合う事が出来ない。
聖書からも離れています。証人の間違いなどの本も
組織にいる時に見た事がありますが、その時は
ちょっとした言葉の間違いに引っかかって、サタンの
書きそうな内容だくらいにしか思えなかったんです。
ウィリアム・ウッドさんの本とかで三位一体の本当の
意味とかを知る事が出来た事は、助けでした。
つまらないメールですみません。

あまりにくだらないので匿名にしました。
これからも楽しみに読ませていただきますね。
暑い季節、ご自愛くださいますように。

《編集者より》
別にくだらない話だとは思いません。人生の一番大事な時に、自分で最も大事だと思ったことをやり抜いてきたのですから、結果がどうであったとしても、あなたにとって重要な体験であったことはかわりありません。余りに自分の過去を否定的に見ることは、精神衛生上好ましくないと思います。自分の「愚か」さを責めるのも一つの見方ですが、やはりこのエホバの証人の組織という巨大なモンスターの威力を改めて認識できる機会が出来たことを一つの進歩として、今後の対処の仕方を積極的に考えることが大事であろうと私は思います。


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