(3-25-02)ミミ様へ。「手ずから働き静かに生活する匿名証人より」

(8-4-02)


遅いお返事です。
ミミ様、猛暑ですがお元気でお過ごしでしょうか?
(村本様もお忙しいようで・・・)

人格教育はすべての宗教の特徴ではとのご意見ですが、
まあこれは宗教に限らず、どんな分野にいようと
「極めている人」「一流の人」は立派な人になるのでしょうね。

わたしも、幼いときから「大いなるバビロン」への
悪いイメージを植え付けられてきましたから、
バランスの取れた見方をするのが、かなり難しいです(笑)。
わたしも「鞍替えする」つもはありません(もっと笑)

あなたのおっしゃるように、こちらの会衆もひどいですよ・・
85%は目が死んでますね。。
残り5%は長老:彼らは一般社会で何の生き甲斐も、力も、ありませんから会衆では
はりきったりしてますけど。
残り10%は開拓者:貴重な存在です。
でも救われるのは今の2世は昔の2世のようにいつまでも親の言いなりになっていな
いということです。
早い子では小学校2,3年で集会に来なくなります。
ああ・・でも一般社会で、ひどい目にあってほしくない・・・
(神に与えられた命と心を存分に用いて幸せになってほしいです)

こんな私が組織に残るのは無理でしょうか?
私が目指すのは、古代イスラエルの忠実な一国民のようになることです。
どんなに王が悪くても、祭司が酔いどれでも、
律法(今は聖書)を重んじ、家族を養い、子を教え、手ずから働き、
神への犠牲(崇拝)を怠らないこと。
こんな理想像を描いています。

気が向いたらご意見聞かせてください。


手ずから働き、静かに生活する匿名証人。

《編集者より》
これは、「手ずから働き・・・の匿名証人」様へ−断絶した元開拓者に対する返事です。記憶をよみがえらせて前後関係がわかるように読者の方々は前の投書をお読みください。あなたが組織に残る理由を「古代イスラエルの忠実な一国民のようになること」と説明されたのは、面白い見方であると思います。私はあなたの見方を尊重はしますが、別の見方をします。もしあなたも私も、もし古代イスラエルの一国民であったら、現代のエホバの証人がものみの塔から出るように、国民をやめる自由が当時あったでしょうか。現代は交通機関が発達して移民という方法で別の国民になることは可能ですが、昔は先祖代々の住処と属する国を変えるのは不可能ではなかったかと思います。そうであれば、私もあなたの言うように指導者がどんなに悪くとも、自分は神に忠実に生きていこうという態度をとることは立派なことだと思います。なぜなら、今いる自分の環境を変えることは不可能なのですから、その中で精一杯生きることが神への奉仕だと思うからです。

話がちょっと横道にそれますが、軍国主義の国民という立場にいたキリスト教信者の中にも同じような考えをした人々がいたと思います。軍国主義の体制の中では政府権力が絶対であり、それを変えることは不可能であるし、武力革命を目指さない限り、それに楯突くことは自分の破滅につながるだけです。そのように変えられない環境にいる人々の中で、その環境に合わせて精一杯生きた人々がいました。ものみの塔はこれに対し、戦争に反対して刑務所に入った人々を賛美します。しかし、刑務所に入った所で徴兵制を覆すことはできませんし、ただ自分の自由をますます制限されるだけです。戦争に反対して刑務所に入ったエホバの証人が達成したことは、自分だけはこれでエホバに忠実に生きたのだという自己満足だけでしょう。しかし、もし他の人々への奉仕を第一に考える人であれば、戦争によって苦しむ人々に奉仕活動を続けることも、一つの神への奉仕と考えることができます。

話がそれましたが、あなたが絶対に変えられない環境に住んでいるのであれば、「古代イスラエルの忠実な一国民のように」なって、体制の中で生きていくのは道理にかなった生き方だと私は思います。しかし、出ようと思えば出ることの出来る現代のエホバの証人の組織にあなたが留まらなければならない理由は何かあるのでしょうか。きっとあなたが書いていない重要な理由があるのかもしれません。しかし、もしそのような理由がないとしたら、あなたは古代イスラエル人や軍国主義下の日本国民のように体制に身を任せる必要は何もありません。ものみの塔の組織を出たって、充分に「古代イスラエルの忠実な一国民のように」なれるのではないでしょうか。それは何も「鞍がえ」をすることではありません。ただ、腐敗した体制に訣別することはそれはそれで、重要なことではないでしょうか。


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