「お詫びします」−輸血承諾による排斥?

(7-29-02)

前回「求めたいもの2」で、特定の方に対して、今の自分の不安定な心のはけ口として批判してしまったこ
と、深くお詫び致します。
言葉使いもきつくて、本人の努力を全く認めていないようで反省します。
 
私は、本当のところ、これからは、不活発で籍を置きながらも好きなときに集会に交わる、そんな自分勝手
な姉妹でありたいと思っていたところ、運良く(?)数年前に輸血拒否で手術をしたことが原因で(完治で
きない手術だから)再度輸血の問題になり、(本当は少しずつ変わりゆく体や体力の面で不安でいっぱいで
した。)生真面目にも長老に報告し、断絶か排斥になった者です。
 
最初M長老は、「輸血をしていないので、そんなことで悩まず今はこのままで行きましょう」と電話でした
が励ましてくださり、私は内心良かったーと思っていました。
しかし、実際話し合いではなんか違うんですね。
個々のHPで、「断絶書」という言葉を知りました。(証人としてはしっていて当たり前のことかもしれませ
んね。勉強してませんもので・・・・)自分としては書いたつもりはないのですが、「最後に気持ちを書い
て手紙をください」ということになり、輸血承諾書を受けるにあたっては、T長老兄弟からの助言に落ち込
んだ故に「この世でも(病院の先生の診断で)」「証人としても(T長老兄弟の助言)」命がなくなるのならば、
せめて最後に親孝行したいと思いサインしたことを書きました。(手術が出来る状態ではないのですが、検
査の時のもしものために必要だということでした)
自分としては、このままで居たいことも書きましたが、エホバの裁きにお任せしますとも書きました。
 
私としては、T兄弟からの言葉に対しての何らかのお詫びというか、私の感情面でのフォローが欲しかった
のですが、誰からも何にもありませんでした。
 
そうしてその後どうなったのか知らされないまま。。。。。。。。
必要があり、姉妹に電話したとき「発表がありどうして良いかわかりません」といわれ何らかの処置がなさ
れたことがわかりました。姉妹には、わかりました、電話してごめんなさい。といいましたが、もう一言も
返事はなく電話は切られました。(姉妹もつらかったとは思いますが、私が反対の立場だったらこれ幸いと
いろいろ聞いたかも)
 
だから、いつどの様に発表されたのかさえわからないんです。
せめてそれくらい手紙で教えてくれてもいいのに・・・・と思うのは自分勝手でしょうか?
最初はただ怖いのと、外で、(特に買い物)あったときの気まずさがたまらなくいやで、宅配ですませよう
かと思っています。
このHPから、随分と気持ちが証人からさめてきました。
しかし、まだまだこの10年間の生活からは完全に解き放たれていません。たいした姉妹でもなく体のこと
もあり伝道もあまりでていませんでした。(嫌いなんです。姉妹たちとのおしゃべりは好きですが、自分の
ことを棚に上げて幸せになれますよ!なんて言えません!路上駐車もしたくないんです!)
第一、娘(姉妹)がまだ行っているからです。私の責任です。だから何とかしたいのに親としての権威とい
うか、自分の教えてきたことにたいしてどうしたらよいのか・・・・・・・
ある程度事の成り行きは説明した後、娘は「私は好きなときに行く!」と、そこは私の最初の考えを貫いて
いるようです。
今年の地域大会にも、日曜だけでしたが、会衆からのバスに乗って一人で行きました。
個人的に頼むわけには行かないので、バスにしました。
私たちは、彼女の意志を尊重して今は行かせます。しかし、つい、このHPの書いてあること言ってしまい、
しまった!と思うときがあります。
迫害してはいけないのに・・・・・・・
何か良い方法がありましたら、助けてください!
娘にも言いましたが、証人で居たから、とても素直なしっかり(?)した子で、それはそれで良かったこと
の、1つです。
ただ、親の居ない会衆で、これからが不安です。
M長老から今後の娘に対する、何にも援助がないので、娘から聞いてもらったと頃、「送り迎など会衆で援
助する」との返事です。
だったら、書籍研究が、歩いて1分もしないところであるのに、そこに出席させてくれないのは何故だろう?
学校も忙しいのに、毎回電話で頼むより近くの方が行けるのに。。。。。。
私が電話できないから、相手の人に御礼も言えない・・・・ひょっとして、電話してもいいかも?言うだけ
言って切ればいいのかも!
 
ここまでつたない文章を読んでくださり有り難うございます。
そんな気持ちの定まらぬ故とは言え、本当に批判したこと、許してください。
3ヶ月半の入院生活の中でで、同室の方が1り、退院して2週間後に1りなくなりました。
2りとも大変気があって楽しくおしゃべりしていました。生きられるのならいきたい!生きられる命を輸血
拒否という自分勝手で生きないことは、こうして死んでいく人たちにたいして、とても失礼なことではないか!
人工透析は何故いいのか?輸血免責しょうしょうは、単に個人の信仰の度合いを見定めるための物かも・・・・・
 
この文で、私がどこの誰かわかる方がいるかもしれませんが、解る方がおられれば、なおのことコメントください。
私は、悪いことをしたとは思いません。真理を疑ったこともなく会衆を乱したつもりもありません。ひょっ
としたら、入院しなければ、T兄弟のことで異議申し立てをしたとは思います。
今となっ手は、誰にも何にも言えないのです。そうしてしまった私のあさはかな行為が原因でしたが、だか
らこそ、まだ組織内でいろいろ出来ることがうらやましくもあり、まどかしく思ってしまったのです。
 
最後に、編集者の方のアドバイスとお返事、有り難うございました。

《編集者より》
インターネットによる対話の常で、限られた情報から発言するときに誤解が生じます。私もあなたの背景を知りませんでしたので、よく理解できない面があったと思います。よく説明して誤解が解ければそれでよいと思います。

あなたの排斥か断絶になったいきさつには非常に興味があります。まず、輸血の承諾書にサインしたことを手紙で知らせただけで、いきなり断絶というのは2000年の夏に行なわれた輸血拒否の方針転換に照らしてみても、おかしな処理であると思います。輸血承諾したことは、もちろん審理委員会にかけられる「罪」ですが、その状況と本人の弁明を聞かずに一方的に処分するというのは問題があるように思います。しかも、このような重要な決定を本人に直接知らせないというのも、聞いたことがありません。もう少し確実な情報を教えて頂ければ幸いです。お子さんや他の親しい姉妹からでも、正確にどのような発表があったのかを聞いてみてはいかがでしょうか。

自分が導いてエホバの証人にした子供が、組織に残っているという状況は、この読者の広場の投稿者の中にも見られます。たとえば、「七転八起」さんの場合がそうです。彼女も時間をかけて娘さんに働きかけているようです。どのような病気と闘っているのかは分かりませんが、暮々も健康を第一にして、正常な家庭を取り戻して下さい。