「組織を出るまで三年間を要しました」−ペンネームフリーダムより

(7-16-02)

私は現在三十六歳、三十歳のときにようやくエホバの証人の組織から離れることがで
きました。実はその時よりも三年も前にエホバの証人の間違えに気づいていたので
す。いいえたまたま気づいたというほうが正しいのかもしれません。それは一連の文
鮮明の統一教会報道が゛テレビで盛んに流れていたころのことです。当時は新体操の
オリンピック選手だった山崎浩子さんや芸能人の桜田順子さんなどが盛んにテレビに
登場し統一教会のために自らの選手としての立場を捨てるとか、芸能界を去ることな
どが話題になっていました。私は自分たちエホバの証人は真の宗教なのだから自分の
信仰のためなら自分の財産や名誉あるいは社会的地位も捨てられる、でも真の宗教で
ない、つまり大いなるバビロンの中のひとつである統一教会の信仰のために名誉や地
位を捨てられる、彼女らをそこまでさせるものは何なのだろうかと心の中に疑問がわ
いてきました。後日それは山崎弘子さんのテレビでの記者会見の中でその答えのきっ
かけを見つけることができました。それは「マインドコントロールに自分はかかって
いたことが解かり統一教会をやめる」というものでした。そうか、サタンはマインド
コントロールという手法を使って偽りの宗教をさも新の宗教のように見せかけている
のかと、そのときは理解しました。やがて私は本屋さんでスティーヴン・ハッサン氏
の「マインドコントロールの恐怖」という本を見つけました。すぐに手にとって読み
進んでいった時私は自分の顔が引きつっていくような感じがしていったのを今でもよ
く覚えています。顔面蒼白とはこういう時のことをいうのだと思います。もしエホバ
の証人のことを非難していたり、また少しでもエホバの証人のことをマイナスのイ
メージを抱かせるような本だとしたら、私は決してその本を手には取らなかったで
しょう、しかしその本はエホバの証人のことなど話題として一つも取り上げていな
かったので私は読み進んでいってしまったのです。その本の中の具体的な内容は触れ
ませんが、それは私のそして家族の人生を大きく変えるものとなってしまいました。

私は典型的なエホバの証人二世でした。エホバの証人の伝道者数が日本中でまだ数千
人の規模しかなかったころ父親は協会から派遣された特別開拓者の一人の姉妹と研究
をするようになり、バプテスマを受けすぐに長老として会衆を引っ張り、家族をエホ
バの証人として導いていきました。私たち兄弟四人は何の疑問を抱くことも無く、伝
道者となりバプテスマを受け、やがて高校を卒業後皆開拓者の道を選んでいきまし
た。私は二十一歳で奉仕の僕に任命され、その次の年には協会の必要の大きな場所で
働くことを希望し、協会から長野県の小さな会衆で働くよう指示を受けました。その
会衆は当時長老が一人もいなかったため、私はやはり協会が任命した若い奉仕の僕の
兄弟とパートナー生活をしながらそこで長老さながらの勤めを果たし、開拓奉仕を続
けていきました。その会衆はすでに一人の年長の奉仕の僕の兄弟がいて、主宰監督と
して働いていました。その兄弟の権力欲の強さと傲慢さで会衆は問題を抱えていまし
た。当然協会から正式に任命されてきた私たち二人に対しての妬みがはじまりまし
た。なぜならその兄弟は大都市の兄弟たちの大勢いる会衆から勝手に移り住んできた
だけの兄弟だったからです。その動機は当然自分が早く会衆の上の立場になりたかっ
たからにほかなりません。私たちへの攻撃はとても言葉で言い表すことのできるもの
ではないほどすさまじいものでした。そして長野での数年間の奉仕の後、父親が脳梗
塞で倒れ私は経済的な援助のため地元の会衆に戻ることにしました。地元ではすでに
大勢の男子の兄弟たちがすでにさまざまな立場で特権を分け合い奉仕していたため、
私は長野での忙しい生活から少しの気持ちの余裕が出てきました。そしてそのころ私
の心の中ではひとつの誰にも聞くことのできない疑問が起き始めていました。それは
聖書の中のダニエル書の「北の王と南の王の対立」に関する預言です。
私は高校生のころよく個人研究の時間ダニエル書の解説が載せられた「御心が地にな
成りますように」や「真の平和と安全」の本をよく読んだものです。ものみの塔によ
ると共産主義であらわされている北の王と資本主義の南の王の間には対立が生まれ、
やがてその対立はますます激しさを増してゆき、共産主義が圧倒的な優位の立場に
なってゆく、そしてハルマゲドンへとつながると説明されてきたのに、現実は九十二
年のペルリンの壁に始まり、今では共産主義はますます優位どころか衰え続けてお
り,ものみの塔の言っている事が世の中の現実と正反対の方向にますます向かってい
たからです。しかしこの疑問は私の心の中でいつも沸いてきては打ち消され続けてい
ました。今になれば理解できることですが私も強いマインドコントロールに縛られて
いたのでした。

そんなときに私はハッサン氏の「マインドコントロールの恐怖」の本に出会ったので
す。その本との出会いから激しい自分の中での苦闘が始まったのです。私は実際結論
と行動に出るまで三年間を要しました。最初の約一年間私は自分が知ってしまった事
実に目をつむりました。無視したのです。自分が信じているものが崩れていくのがと
ても怖かったのです。それは自分の人生そのものが崩れていくことを意味しました。
私にはまだエホバの証人の中での夢がありました。組織の中での男子の立場であれば
誰もがもっと多くの特権、長老、巡回区での特権、いつかは地域大会などで大勢の人
の前で話をする特権、そうしたものを求めています。私も例外ではありません。今と
なってはそんな特権何の意味もないことに気づいていますが当時の私はそうした特権
を捕らえ続けていくことが人生の目標だったのです。そして組織もそうした出世欲、
だけは暗黙のうちに認めていた、いやむしろ組織の集まりなどでは奨励していたよう
な気がします。長野での経験はつらいものがありましたが決してすべての経験がつら
かったわけではなく、楽しい兄弟姉妹たちとの思い出もあります。よくホームページ
上にはエホバの証人の会衆の中のつらい経験だけが載せられますが、それも確かに実
際にあった事実でしょう。でもそれらのつらい経験をされてきた人たちの中でもよい
経験や思い出があるはずです。確かに証人たちの中に見られる愛は真の愛ではなく条
件つきの愛といわざるを得ないかもしれません。健康で、奉仕にも活発にあずかって
いるならその時には周囲の証人たちからの賞賛と愛情が得られます。しかし基本的に
エホバの証人になるような人は一般的に善い人です。そうした人たちとの交わりは健
康で、奉仕にも活発に携わっていたときにはとても楽しいものでした。私はそれを失
いたくなかったのです。

エホバの証人は本当にカルトなのか、私をそのように考えさせたのは「マインドコン
トロールの恐怖」という一冊の本だけからの情報で私はそう結論付けさせることしか
当時情報はありませんでした。インターネットなども無く、本屋にいってエホバの証
人関係の本などひとつも無かった時代です。
しかし、決定的な答えを私はものみの塔誌そのものから引き出すことになったので
す。ものみの塔1994年2月15日号「エホバの証人、カルト教団?それとも神の奉仕
者?」という記事は組織がいかに事実をゆがめ、内部にいる人たちに不誠実な説明を
してごまかしているかということを私に明らかにしてくれました。記事はまずカルト
教団とは殺人事件を起こしたり、集団自殺に走るなどの小さなグループであってエホ
バの証人のように人々によく知られた宗教はこれに当てはまらないとあります。しか
しこれはあまりにもうそであり、事実フランスにおいては日本の創価学会もカルト教
団に入れられています。フランス政府は何を基準にして創価学会をカルトとして認定
したのでしょうか、それはよく知られているにかかわり無く、またグループ自体の規
模の大きさだけで判断したのでないことは明白でしょう。さらに記事は組織を良く評
価しているエホバの証人でない一般の人たちの発言を一方的に載せ、自分たちがカル
トではないことの証拠として取り上げていますが、むしろエホバの証人がカルトであ
るかないかを証明するためにはエホバの証人のことを良く評価しない、つまりカルト
であるとする他方の人々の意見も載せ、それにたいして説明してしていくことが読者
が公平な判断を下すためにも、必要なのではないでしょうか。そして記事は驚くこと
につぎような問いかけを読者にしています。「エホバの証人はあなたに対してマイン
ドコントロールの手法を使ったでしょうか?」この質問の前述記事の中でマインドコ
ントロールとはどのようなものか具体的な説明もされていない読者が何を根拠に答え
を出すというのでしょうか、せめて「マインドコントロールの恐怖」の著者が指摘し
ているように基本的なマインドコントロールの手法、情報、行動、感情、思想、と
いった四つの構成要素ぐらいの説明を簡単にでもしてからそのような問いかけはなさ
れるべきです。また「エホバの証人は一般社会や家族、友人から孤立するようなこと
はありません」とありますが、今までものみの塔の中で聖書のコリント第一15章3
3節「惑わされてはなりません。悪い交わりは有益な習慣を損なうからです」という
この聖句はどのように適用するよう、たびたび引用され続けてきているのでしょう
か、それは明らかに悪い交わりとはエホバの証人でない人たちとの交わりのことであ
り、この聖句によって成人おろか小学校に通う小さな子供たちにも学校でのクラスの
中での交わりはいけないとされ、証人の子供たちは事実クラスの中で孤立していま
す。カルト独特の指導者から末端の信者までの階級制度などエホバの証人の中には見
られませんし、独得の称号なども禁じられていると説明してありますが、統治体とい
うグループを頂点として地帯監督、支部委員、地域監督、巡回、果ては長老、奉仕の
僕など明らかな階級制度といえませんか、私は地域大会や組織の集まりなどで見知ら
ぬ兄弟たちがお互いを知り合いあいさつを交わすときに、まず、「ところで兄弟は今
どのような立場で奉仕しておられるのでしょうか?」といった質問をし相手が長老か
奉仕の僕かあるいはただの兄弟か、開拓者か特別開拓者かなど、相手の立場を知った
うえでの対応、応答の仕方をいやというほど見てきました。

ダニエル書の預言に関してものみの塔はソビエトの崩壊後、しばらく沈黙し続けたま
までした。しかし私と同じように疑問を抱いていた人たちが大勢いたのでしょう、も
のみの塔はようやく93年11月1日号の中で自分たちの預言と現実に世界で起きて
いることのギャップについてこう説明しています。「では、現在の北の王はだれで
しょうか,・・・何とも言えません。・・・こうした質問に対する答えは時間がたた
なければ分かりません。」
なんとも情けない答えではないでしょうか。このような答えが自分たちが神から聖霊
の力を通して聖書を理解し、霊的な食物を与えている人たちの最終的な答えなので
す。協会の出版物からこの記事以降「北の王」のことが扱われることはいっさいなく
なりました。それらの真理はもう真理ではなくなったのです。最近で言えば「世代」
の預言しかり、統治体のメンバーの高齢化に伴う大群衆からの間接的な起用しかり、
ものみの塔は今までいくつの「真理」を捨ててきたのでしょうか。そしてこれから先
いくつの「真理」を作り出し、またいらなくなった「真理」を捨てていこうとするの
でしょうか。それも「こっそりと」なるべく気づかれないように捨てるのです。当時
の私はこれらのことに気づいて以降、神権宣教学校や日曜日の公開講演の割り当てを
準備すること、そして自分でうそだとわかっているのにあたかも兄弟姉妹たちの前で
楽園の希望を話したり、終わりが近いので熱心に伝道活動に携わるよう励ましたりす
ることが、辛くてたまらなくなっていきました。会衆の兄弟姉妹たちを欺き、そして
何よりも自分で自分を欺くことほど卑怯なやり方があるでしょうか。そしてこれから
もエホバの証人としてやっていくからには欺き続けていかなければならないのです。

協会の出版物「知識」の本の中に例え話が載せられています。それは「一杯のコップ
の水の中に、たった一滴の毒が落ちたとします。あなたならその水を飲もうとするで
しょうか」という問いかけです。エホバの証人はマインドコントロールされているた
め、この一滴になかなか気づくことができません。いいえ、たとえ気づいたとしても
それはたいした毒ではない、と結論付けてしまうような思考回路がインプットされて
しまっているのです。その回路の中の一つのパーツがアダムから起因する人間の不完
全さ、つまり「不完全だから・・・」という納得するための教えです。この教えに
よって一滴の毒をたいしたことのないような毒にしてしまうのです。ものみの塔が今
までいくつもの預言をし、またその預言が成就してこなかったことをエホバの証人が
知ると、「イエスの弟子たちでさえ間違った予測をしてしまっていたようです。弟子
たちは聖書の中で「主よ、あなたは今この時に、イスラエルに王国を回復されるので
すか」と尋ね、その時誤った期待をしてしまったことがわかります。ですからイエス
の弟子ですら「不完全ゆえに」間違うことがあるのですから、現在の忠実で思慮深い
奴隷級の兄弟たちも不完全さゆえに間違えることがあり、それはたいしたことではな
いということです。」と結論付け、つまりそれはたいした毒ではないと思ってしまう
のです。しかしこれは単に問題のすり替えに過ぎず、問題は誤った期待を抱いてし
まったことでなく、その期待をあたかも真理であるかのごとく言い広めていったとい
うことにあるのではないでしょうか。イエスの弟子たちはそのような誤った期待を言
い広めたりしたのでしょうか、そこが問題です。おおかみ少年も自分の中で想像して
いる分にはかまいませんがそれを何度も何度も「来る、来る」と言って人々を欺いた
ことが問題だったのです。そしてさらに、たとえものみの塔が間違った予言をしてし
まったとしても、それは証人たちの持っている真理の中の主要な心理に比べればたい
したことではない、重箱の隅をつつくようなものだと考えてしまうこともあります。
しかし、たとえば1975年の預言はあの当時の証人の人たちの思いの中でどれほど重要
な真理だったのでしょうか、世代の預言に関してもそうです。1914年のことを理解し
認識できる人たちがまだ生きている世代のうちに終わりが来るという真理は今までど
れほど出版物の中で強調され、また私たちの証人の心の中で重きをなしてきたので
しょうか。その真理ゆえに終わりが近いという緊迫感が生じ、熱心に奉仕に励んだの
ではなかったでしょうか。今回その世代の預言が変更され、預言の意味をなさなく
なったことは、明らかに重箱の隅をつつく程度の軽いものではありませんでした。
コップの中のたった一滴の毒でも許すことができないのであれば。

ものみの塔は時に、聖書の理解の仕方を「光が徐々に増して明るくなっていくよう
に」(箴言4章18節)聖書の理解もそれと同じだと説明します。ちょうどそれは影絵
のようなものなのかもしれません。暗い中からちょうどある動物が明るくなってくる
たびにその動物の影がはっきりし、見えてきます。薄暗い中から最初にぼんやり見え
てきたものは太い4本の足のようなものかもしれません。さらに明るさが増してくる
と大きな耳のようなものが見えてきて、さらに明るさを増してゆくと長い鼻が理解で
きます。ところが突然、それは実はゾウではなく、ライオンの姿に入れ替わってしま
うのです。そうなると誰がもう、その徐々に明るくなってゆく影絵に興味を示し、信
用するでしょうか。ものみの塔の理解の仕方はこれによく似ています。ある一つの聖
句に関する理解は真理として提示されますが、それはある時、単に「古い教え」とし
て突然捨てられ、すぐに「新しい教え」にそれは取って代わるのです。
ダイヤモンドがあるとき突然その輝きを失ってしまったなら、果たしてそれは本当の
ダイヤだったのでしょうか。今までダイヤモンドのように重要視され、理解されて続
けてきたはずの一つの聖句が、あるときからものみの塔誌上からいっさい取り上げら
れなくなり、説明されることが無くなってしまうのなら、今までのそれは本当の真理
に対する理解だったのでしょうか。

1994年の夏ごろ、私はものみの塔が破壊的カルトだという確信を強めていました。そ
してものみの塔に関する本当の情報を知りたいと強く願うようになりました。「マイ
ンドコントロールの恐怖」の本によれば、内部の信者に情報をコントロールするため
に、一番重要なのは、元メンバーや批判者との接触を避けるようにすることであると
書かれていました。私はそれはものみの塔にとって元メンバーとは背教者を意味し、
批判者とはキリスト教世界のことではないかと察しました。しかし、実際は一般のキ
リスト教関係者と話をすることなど想像しただけで身震いがする自分がまだ心の中に
ありました。悪魔サタンの巣窟の中に自分から近寄っていくなど、どうして考えられ
るでしょうか。しかしおそらく彼らは何らかの自分の知らない情報を持っているだろ
うということは想像できました。そして自分の中での激しいかっとうの末、会いに行
くことに決めたのです。そしてこのことは自分の家族や仲間の証人には絶対に知られ
てはならないことでした。私はどこの教会を訪ねるかを決めるときに、絶対に仲間の
証人に見られることのない、巡回区外のとおく離れた街の教会を訪ねてみることにし
ました。私は電話帳で教会の場所を調べ、車でそこに向かいました。近くの駐車場に
車をとめ、教会の建物にある十字架を見たときのあの恐怖感は今でも忘れることがで
きません。教会の玄関のチャイムを鳴らすと一人の女の人が出迎えてくれました。牧
師さんと話がしたいと言うとその女の人は牧師さんにその旨を伝えに行ってくれて
「今は忙しくて会えませんが、三十分ぐらいたってからなら合えるでしょう」とのこ
とでした。応接室に通され、私は牧師さんを待ちました。私はその間ずっと祈ってい
ました。いま自分がしていることがあなたを裏切ることになるのか、そして正しい答
えを教えてくださいと祈りの中で訴えました。そして私と会ってくれたのはオランダ
の外国人の牧師さんでした。
私は自分がエホバの証人であること、でも最近そのことに疑問を持ち始めたこと、そ
して今日この教会を訪ねた理由、そしてあなたの知る得る限りのエホバの証人のこと
について知りたいと言いました。しかしその牧師さんは自分はエホバの証人のことは
知っているがあまり詳しいことは知らないこと、エホバの証人が輸血を拒否すること
ぐらいは知っていると言いました。私の当ては外れました。私はインターネットでエ
ホバの証人のことを検索すればぞろぞろ出てくるような情報がその時得られると期待
していたからです。でもその時牧師さんは私にとって意外な内容のことを話し始めて
くれたのです。それはものみの塔のリーダーたちのことをも神が深く愛されていると
いうこと、たとえ間違った教えをしているとしても、神は早くそのことに彼らが気づ
き悔い改めてくれることを願っているということでした。私はその時、キリスト教の
本当の愛を知りました。エホバの証人はキリスト教世界のことを、ものみの塔などで
徹底的に攻撃し、あらさがしばかりしています。そこにはキリスト教指導者に対する
愛は到底感じられない、むしろ彼らに対して憎しみをかきたてるような記事を載せて
いるのに対し、自分の前にいる牧師はなんと対照的なのでしょう。私はどちらが真の
愛を持っているか、本物のクリスチャンなのかをすぐに理解しました。

それからすぐに私はまず開拓者の立場を降りました。今まで神権宣教学校の話の割り
当てを準備するのに、一時間くらいかかっていたのですが、準備するのが辛く、なか
なかペンが進まず半日近くかかるようになってしまいました。頭の中はどうしたらこ
の組織から出られるだろうか、ということばかり考えるようになっていました。私は
だんだん霊性が弱ってきたのでやめたと言う形を取れないかと思いました。断絶書な
ど書けばまだ組織にとどまっている家族にも迷惑をかけますし、背教者扱いをされて
仲間から冷たい視線を浴びるのは大変辛いことです。しかしそれは私の立場上無理な
ことでした。集会では神権宣教学校の割り当てはありますし、奉仕会のプログラムも
こなし火曜日の群れの書籍研究の司会もあり日曜日には公開講演の話をすることもあ
ります。そんな私がだんだん霊性が弱っていくというような形に持っていくことはで
きないということです。私は次の年の春までもんもんと惰性的に過ごしてしまいまし
た。そしてその春東京でオウム真理教によるサリン事件が起きたのです。テレビでは
連日オウム信者の様子が映し出され、信者が発言していました。カルト教団という言
葉も使われ始めていました。あんな事件を起こしたのに信者が教団を信じ、やめない
のはマインドコントロールされているからだということがテレビを見てよく理解でき
ました。そして改めて自分がいまだにものみの塔の組織を出られないのはやはり組織
を出ることの恐怖、マインドコントロールが自分の中にいまだに強く残っているから
だとオウム信者と自分を重ねて見ることで理解しました。組織を出るということはま
るで、海の中で生活していた魚が、いきなり砂漠に飛び込んでいくような勇気が必要
なものです。しかし私は行動を起こしました。家族に判らないようにアパートを借り
ました。そして引っ越す日の前日家族の中で比較的理解者であった母親に、私がもう
エホバの証人をやめること、そのことでもう三年間考え抜いた末の結論であること、
そしてエホバの証人と明日からいっさいかかわらないためにアパートを借りたので、
仲間の証人が心配して訪ねてきたとしても、いっさい私の居場所を教えないでほしい
ということを伝えました。そして同じ日に会衆の長老に電話をし、明日から自分はエ
ホバの証人からしばらく距離をおいて生活してみたいと伝えました。

あれからもう六年がたとうとしています。エホバの証人だった故の後遺症みたいなも
のはいまだにあるような気がしますが、あの時行動を起こして本当によかったと思っ
ています。海で生活をしていた魚が飛び込んだ場所は砂漠のような場所ではありませ
んでした。やめた当初はいろいろな戸惑いもありましたが今では普通の生活をしてい
ます。何しろ自分で自分をコントロールできる自由があります。このことは本当にす
ばらしいことです。どんなテレビ番組を見たらよいのか、誰と友達になりたいのか、
そしてこれからどんな目的をもって生活していくことができるか、あらゆる選択を今
は自分の中でしています。聖書の中の「真理は人を自由にする」という言葉をやめて
から経験しているのです。あれからたくさんのキリスト教の牧師さんたちと話し合い
をしました。特に大野教会の中沢牧師にはいろいろと教えていただき感謝していま
す。ただ、今は何らかの組織に属するということにすごい抵抗感がありますのでキリ
スト者との交わりは持っていません。クリスチャンでもありません。そしてそのこと
も自由の一つなのです。

長々と書き綴ってしまいましたが、最後にこのホームページの村本様にこのようなす
ばらしいサイトを運営していただいていることに深く感謝申し上げます。これかもこ
のサイトが現役の、そして元証人たちのために役立っていくことを願ってなりませ
ん。そして、このようなつたない経験ですが、何らかの役立ちになればと思います。
私と同じように現役でやめたいと心の中では願っているのにやめられないで悩んでい
る方がおられましたら、メールをください。少しのアドバイスにはなれるかもしれま
せん。メールアドレスはpfreedom@nifty.comです。

《編集者より》
これは素晴らしい体験談であると思います。組織にいる間にどのように心が変化して行ったかを、夫々の段階で詳しく記してありますので、読む者があなたの立場に自分を置いてあなたの気持ちを実感して読むことができます。非常に多くのことを考えさせる「模範的」な体験談であると思います。沢山の興味ある点がありますが、その中でエホバの証人に特有の恐怖心が実にありありと描かれているのに大変興味を持ちました。エホバの証人が組織に留まる理由の根底に、半分意識下に隠されている巨大な恐怖があると私は思っていますが、あなたの当時持っていた恐怖はそれをよく表しています。この恐怖は、エホバの証人以外の人には理解しにくいものであり、エホバの証人にユニークなものであると思います。それはサタンに支配された外部世界への漠然とした恐怖、そして永遠に「真理にいる」はずのエホバの証人の生活から抜け出す恐怖です。エホバの証人の外部の人から見れば、「何が怖いの」と全く理解できないのですが、エホバの証人にとってはこれは現実的に彼らの心の背景にモンスターのように付きまとうのです。あなたのように勇気ある人は自分で情報を集め、最後は水から飛び出す魚のように全ての恐怖を振り切って飛び出すことが出来ました。しかしそのような勇気のない人々にとっては、どんなに理屈で組織が矛盾していることがわかっても、感情としての恐怖が何よりも先に立ち、飛び出すことが不可能なのだと思います。その意味で私が何度もこのサイトで提唱している、「消えるような不活発化」はそのような機会がある人にとってはよりやり易い方法であろうと思います。これだとジャンプする必要が無いので、恐怖はより克服しやすいですし、緩やかに進行しますので心も生活も徐々に順応できます。問題はどのように不活発化する機会を作るかで、病気、転勤、結婚、出産、育児、入学など、人生に大きな転機をもたらすことを何とか口実に出来る人はそれを活用しているようですが、そのような転機がない人にとっては、不活発化すること自体がジャンプになり、これも難しいことかもしれません。