「被害者で、加害者でした」

(7-6-02)

はじめまして。
興味深く拝見する事が出来ました。
私は1980年に交わり始め、翌年5月の巡回大会で
バプテスマを16歳の時に受けました。高3の時から
正規開拓を始め楽しく充実感を持って奉仕に励んで
いました。(と、思ってました。)ただ、母親の司会者が
長老団に目をつけられていたので、私の家族は会衆
でいつも冷遇されていました。ただ、母と私は一緒に
バプテスマを受けたり、非常に進歩的と見られていた
ために、他の会衆に公演に行く際等には、模範的な
家族として紹介したりと、利用していたようです。
異例な事に私は家庭聖書研究を受けた事がありません。
多分、この組織の中で受けずに献身できた人はいない
はずですね。長老団に反対の立場の人々というレッテル
が何故かはられたので、誰も研究してくれず、母の司会者
とは日が合わなかったので。結局、この教えが絶対と信じ
本当にものみの塔の線に忠実にと思うがあまりに、会衆
の中の悪に妥協できずに、85年に背教、分裂、分派の罪
で排斥に数名がなりました。私自身はその排斥者と交わった
という罪で。でも、そこから1999年まで、地下活動で奉仕
し続けたのです。あくまで真のクリスチャンはエホバの証人
だと思って、奴隷級とつながっていなくてはと信じたので。
だからエホバが与えてくださる霊的食物と思っていたものを
地下でも得続け、5つの集会を行い続けました。公開公演は
ものみの塔、目ざめよ!誌の記事を学びました。20名程で。
組織を出されての13年程は順調でしたが、線が崩れる時が
きて、結局そこも出されました。母は先にやめていました。
その後、10年ぶりに母と連絡をとり、ものみの塔の実体に
ついての本を見ました。組織は読んではいけないと言って
ましたが、その昔隠れて読んだこともあります。
でも、間違った動機で読んでいたので、サタンが言いそうな
批判としか思えなかった。でも、すべての教理のおかしさに
気付きました。ただ、歌っては、王国の歌、思い出しては、
新世界訳しか知らず、祈っても、エホバにキリストのお名前
を通してしか祈れず、神を見失いました。
もう一度、純粋に聖書を読んで、神に近づきたいと思います。
マインドコントロールの巧みさと恐さに今更ながら気付きました。
被害者で、加害者でした。
リハビリがまだまだ必要です。過ぎた年月の長さに比例して。

《編集者より》
排斥後13年間も地下活動で奉仕を続けたという経験に大変興味を持ちました。排斥や断絶後も、組織の実態を知らない人々は、基本的には組織依存の心理的な枠組みから出ることが出来ず、心はそのまま組織に縛られている人が多くいるのです。組織を出た後でも、命がけで輸血を拒否する患者がいる事実は、そのよい例でしょう。やはり、単に組織を出るだけでなく、組織に関する実態を学ぶことによって、初めて本当のリハビリが出来るのではないかと思います。あなたの興味ある体験はそれを物語っているように思います。