「エレミヤ23章9ー40節の「預言者たち」とエホバの証人の「統治体」との比較」の著者より

(7-2-02)

御無沙汰しております。私の論文を掲載していただいていることに、いつも感謝して
おります。

ところで、先日メールでお伝えした通り、私は改めてプロバイダとの契約が出来、メー
ルアドレスを取得することが出来ましたが、この度Webサイトも開設することにしま
した。URLは、http://www2.tba.t-com.ne.jp/awayaです。そのサイトには、村本さん
に掲載していただいている論文も載せるつもりです。それで、差し支えなければ、村
本さんのサイトの、私の論文を読まれた方によく分かる箇所から、私のサイトへ、リ
ンクを張っていただけないでしょうか?また、どなたかが私のことで、村本さんに問
い合わせをされた場合には、そのサイトに行くように、お伝えいただけないでしょう
か?そのサイトには、メールリンクを作っていますが、メールアドレスは、先に書い
たアドレスではなく、友人に教えてもらって取得したフリーメールのメールアドレス
(s_awaya@hotmail.com)になっています。お忙しい中、いつもご面倒をお掛けしま
すが、どうぞよろしくお願いします。

「カナダ、カルガリ市における16歳のエホバの証人少女の輸血拒否裁判−ニュース
と手記」を読ませていただきました。その中で、shunningについて書かれていた箇所
は、私にとってとても有り難い情報でした。と言うのは、私がまだあの論文を書く以
前、集会には通いながらも、独自に聖書の勉強をしていた頃、アメリカ人のエホバの
証人で、組織に疑問を持ち始めていた友人が、メールで「Jehovah's Witnesses and
Shunning」という論文を送信して来たことがあったからです。私は、その「shunning」
の意味が分からず、辞書を引いて調べ、アメリカでは排斥のことを「shunning」とい
うのだろう、と思っていました。しかし、今回、村本さんの記事を読んで、海外では、
排斥以前に、一切挨拶もされなくなる忌避の習慣があり、それを「shunning」という
のだ、ということが分かりました。私は、断絶するまでの間に、日本国内で5つの会
衆に所属しましたが、こういう習慣については、聞いたことがなかったので、想像す
る由もありませんでした。おかげで、その友人の言っていたことが、より一層理解出
来るようになりました。ありがとうございます。

それでは、失礼します。

《編集者より》
ようやくHTML文書ができたようですね。ご依頼の通りにリンクをはりました。Shunningに対する適切な日本語はなかなか見つかりません。ものみの塔協会はただ「避ける」という言葉で訳していますが、それだけではshunningの実際の強い意味は伝わりません。村八分とか忌避という言葉が最も当てはまるように思います。