ニュース記事「信仰を理由に事故の謝罪せず」について

(6-15-02)

ニュース記事「信仰を理由に事故の謝罪せず」について

編集者さんは「この記事では被告がエホバの証人であるとは書いてありませ
んが、その内容からエホバの証人であることはまず間違いないと思います。
」とされていますが、そうは断言はできません。プロテスタント系の教会で
も、焼香などを厳禁している場合があり、それが離婚などにつながる場合も
あります。仏教系の宗派でも、他宗の仏壇に焼香することを厳禁している場
合があります。
 
この判決についてですが、完全な不当判決だと思います。この判決によれば
、遺族は加害者の内心の自由を侵す権利があることになってしまいます。「
教義で禁じられているとはいえ、加害者側が線香を上げたり遺影に謝罪した
場合に比べて、被害者側の精神的な苦痛が軽減される度合いは低い。反省し
ているというのなら、そのあたりを考慮する余地はあったのではないか」と
いう判決は、信仰の自由を著しく軽視するものであり、まさに「靖国神社参
拝は合憲」式の日本的判決だと思います。カルト宗教との闘争は、信仰の自
由を侵す悪しき日本的風潮を是認するものであってはならないと思います。

《編集者より》
私はプロテスタント系の教会や仏教系の宗派で、仏壇に焼香することをそこまで強く禁じている場合があることは聞いたことがありません。具体的に宗派の名前と実際にそのような指示が出ていることを示していただければ幸いです。また、この被告の「信仰している宗教は偶像崇拝を認めておらず」という言葉は、仏教徒の口にする言葉ではないように私は思います。

この判決が妥当か不当かは見方の分かれる所でしょう。記事の筆者が書いているとおり、「事故が自分の 居眠り運転を原因としていたことを遺族側に告知しなかったことを裁判所は不誠実行為と考える」という理由が慰謝料加算の理由であり、宗教上の理由ではないことをうたっていますが、その一方で仏壇への焼香がなかったことが被害者への精神的苦痛になっていることを認めている点で、確かに宗教的理由を考慮してはいるでしょう。その点で信仰の自由に触れる可能性はあると思います。この場合、被害者と加害者を入れ替えて、被害者がエホバの証人であった場合、加害者が焼香しないことは精神的苦痛にはならず、従って慰謝料の加算もないかもしれません。そこを考えれば、信教による不公平があると考えることもできます。