「皮肉な結末」−「私が組織を離れたきっかけ」

(6-2-02)

 証人の親子関係についての投書をさせて頂いた****と申します。
読者の声に掲載して下さり、ありがとうございます。
 また、お忙しい中、次々と情報を掲載して下さりいつも勇気付けられております。
 最近、母の態度がますますかたくなに、頑固になってきて毎日生活しているだけでも、
walk on eggshell と言う感じです。やはり、私と同年齢の人達が組織内で活発に活動している
を見ていると、いらいらするのでしょう。自分の気持ちに収集がつかなくなりそうな時、このように
メールさせて頂き、私がしてきた事、感じてきたことを自分の頭で整理し、また他の方にも読んで
いただければと思いメールいたします。今日は私が組織を離れたきっかけをお読み下さればと
思います。

 
 今から7年前、私は普通のエホバの証人でした。当時、伝道中にフィリピン人女性に会いました。
(彼女の配偶者は日本人です。)私は英語が少し話せましたので、早速彼女と家庭聖書研究が
始まりました。幸い近隣にフィリピン人の証人がおり、その方の援助もうけつつ順調に研究が
進み、集会にも出席したいと言うようになりました。
 この方はもともと信仰心が厚く、カトリック、バプテスト派、クリスチャンサイエンスなどの様々な
キリスト教とかかわりがあったということで、聖書にも精通していました。私としては、彼女の日本語
が充分でなく、私の英語力もお粗末で、しかも近くに英語会衆がないことからまず会衆の人達と
打ち解けてもらいたいと考えました。しかし、実際はそう甘くはなかったのです。
 まず長老が全く、近づいて来ないのです。日本人の研究生が集会にくる時とははっきりとした
差がありました。彼女は集会には行きたいが、日本語がよく分からないのが恥ずかしい、とかなり
強く思っていましたので、私は会衆の長老は、群れをやさしくかえりみる牧者であるということを繰り返し
強調しました。また長老達にもこの点を話し、気さくに接して貰えるようお願いしました。
 しかし、この願いはほぼ80%は無視され、彼女は私に「これは聖書に書かれている真の牧者の
姿ではないと思う」とはっきり言いました。この時から組織への不信が募っていったのかもしれませんが
1914年の世代の解釈が変更された時、「啓示の書には、この予言のことばに付け加える者が
いれば呪われる、とあるがエホバの証人こそそれに当てはまらないのか? この変更ははっきり言って
証人が勝手にしていることだ」と言われてしまいました。
 彼女はもともとキリスト教世界で育ち、聖書も読んでいた訳ですから、はっォりとこの変更はおかしい
と感じたのでしょう。当初私はショックでした。なんとかこの研究生を証人にしたい、と思っていたからです。
しかし、この言葉は私の人生の転機となりました。考えに考え、70年代の出版物を読み、エホバの証人
の聖書以外の聖書も読みました。その結果やはり研究生の主張は当然だと思うようになりました。
 それまでも、組織内部の不合理な点を見てきて、やめたいなと考えていましたが、この件で決意が
固まりました。研究生に自分の問題を洗い出してもらったようなものです。皮肉な事ですね。
 しかし、聖書そのものに基づく冷静な判断とは何か、教えられた事は確かだと思います。なぜこんな
はっきりした真実に何年も気づかなかったのか。これこそマインドコントロールそのものですね。
 
その何年か後に、イギリスに行きました。その時何人かの地元の証人にこの変更をどう考えたか
尋ねる機会がありました。はっきりとは言いませんでしたが、だいぶ混乱した人もいた様子でした。
キリスト教がバックに ある国々では日本のような「盲従」とはまた違う反応の仕方があるのだなあ、と改めて
感じたものです。
イギリスの会衆の様子はまた機会があれば書きたいと思います。
とりとめがないメールですみません。
 
 ご多忙のことと思いますが、お体大切になさって下さい。失礼致します。

《編集者より》
自分から組織の教えの不合理に気が付いて組織を出ることができた人の共通点は、考えたり調べたりすることに妥協しない態度であると思います。あなたの場合もその傾向が働いていたように思えます。多くの証人は、教義に疑問をもつこと自体に罪悪感を感じてその時点で思考を停止してしまいます。別の証人は、教義の矛盾が見えてくると、いつかは正されるのを待つ、とか、不完全な組織だけど他の何処よりもましだ、といったような妥協的な態度になり、何となく安泰の現状維持を決め込むものです。確かに目を覚ますことができるのは、ほんの少数派なのでしょう。イギリスと日本の違いですが、これはアメリカと日本の証人の考え方、生き方の微妙な違いと共通するものかも知れません。確かに「盲従」の度合いは日本の方が遥かに強いと思います。