エホバの証人の医療従事者の義務

(5-29-02)

お尋ねします。
信者の方が、患者に対して医療行為をする場合、
職務優先ですか、信仰優先ですか、どちらを選択
されるのでしょうか。お伺いいたします。ご返信
いただければありがたいです。よろしくお願い致します。

《編集者より》
お尋ねの主旨は、エホバの証人の医療従事者の職務上の義務が、エホバの証人としての宗教的義務と相反する場合、どちらを優先するかという質問だと思います。これに関しては、ものみの塔協会は幾つかの指示を出しています。最も重要な問題は、エホバの証人の医療従事者が輸血をはじめとする宗教によって禁じられている医療行為をどのように扱うべきかということでしょう。これに関しては、ものみの塔誌1975年4月1日号、215ページ(英語版)に、エホバの証人の医師は輸血を指示すべきではないと述べられています。しかし、検査技師、看護婦、メッセンジャーなどが病院で輸血に関する業務をすることに関しては、これらの職種は上からの命令を実行するだけでそれらの人々に責任がないので構わないとしています。この立場は1999年4月15日号の29ページの読者からの質問の欄で再度確認されています。

*** 塔99 4/15 29 読者からの質問 ***
医師には、服用すべき薬や受けるべき医療を患者に命じる権限があるかもしれません。そのような権限を持つクリスチャンの医師は、たとえ患者の側に異存がないとしても、そのような事柄に関して聖書の述べている事柄を知りながら、どうして輸血を命じたり堕胎を行なったりすることができるでしょうか。それとは対照的に、病院に雇われている看護婦には、そのような権限はないかもしれませんが。医師は看護婦に、看護婦の通常の努めの一環として、ある目的で血液検査を行なうよう、あるいは中絶を受けに来た患者の世話をするように指示するかもしれません。看護婦は、列王第二5章17節から19節に記されている例に基づいて、自分には輸血を命じたり堕胎を行なったりする権限はないので、患者のための福祉的な努めは行なえると判断するかもしれません。
従ってエホバの証人の医師以外は、エホバの証人の医療従事者は命じられた職務を果たすことは可能であると言えるでしょう。しかし、ここに一つの大きな問題が残っています。それは職務上得た患者の秘密を守れるかという問題です。もし医療従事者であるエホバの証人が、仲間のエホバの証人が秘密のうちに輸血を受けたり、堕胎をした場合、その医療従事者はどうすべきでしょうか。次のものみの塔誌の記事はこれに答えを与えています。
*** 塔87 9/1 12 「話すのに時がある」―それはどんな時? ***
メアリーはある病院で医師の助手として働いています。その職場でメアリーに要求されている事柄の一つは、秘密を守ることです。自分の仕事と関係のある書類や資料が、権限のない人々の手に渡らないようにしなければなりません。また、患者に関する内密の情報を漏らすことも、メアリーの州では法律によって規制されています。ある日メアリーは一つのジレンマに陥りました。医療記録を整理していた時に、仲間のクリスチャンである一人の患者が中絶手術を受けていたことを示す資料が出てきたのです。自分が職を失うか、訴えられるか、あるいは雇用者が法律上の問題を抱え込む結果になる恐れがあろうと、メアリーにはこのことを会衆の長老たちに知らせる聖書的責任があるでしょうか。それとも箴言 11章13節は、問題を隠しておくことを正しいとしているのでしょうか。
この問いに対する答えは、次に見る通り、会衆の清さを保つために長老への密告を勧めています。
*** 塔87 9/1 15 「話すのに時がある」―それはどんな時? ***
神の忠実な僕が、自分個人の確信に動機づけられ、神の言葉の知識に立脚して、神の律法のより高い要求ゆえに、秘密を守ることに関する要求に抵抗し、違反することさえあるかもしれません。それには勇気と慎重さが必要でしょう。その目的は他人の自由を窺うことではなく、間違いをした人を助け、クリスチャン会衆の清さを保つことです。罪に起因するささいな違犯は大目に見るべきです。その際には『愛が多くの罪を覆い』ます。それにわたしたちは「七十七回まで」許さなければならないことになっています。(マタイ 18:21、22)これは『黙っている時』です。しかし大きな罪を隠そうとする様子がある時は、『話す時』でしょう。
従って、エホバの証人の医療従事者は、ある場合には宗教的な義務を優先させることがあることを知っておく必要があるでしょう。