夫婦で組織を去ることを考える現役証人

(4-21-02)

<前略>
私はもう組織を去ろうと決意しました。

私は今まで何とか留まろうと努力してきました。いろんなごた
ごたや長老団との話し合いなどが嫌だったのと、かなりの期間
パートの仕事で暮らしていたため老後の不安があり、この組織
にいれば同じような人が幾人かいるのでその不安を消すことが
できたこと(実際にはそれはごまかしにすぎないのですが)、
そして妻との関係を壊したくなかったことが理由です。

でもその妻がねたみを買い、圧力を受けてきてこのたび開拓奉
仕を降りました。女のいじめは陰湿で、妻もすっかり疲れてし
まっています。集会へ行くのもたいそうなようです。私はでき
るだけ家では何事もないいつもの生活を送るように努めて来ま
したが、二世のJW一本槍だった妻にとって会衆の仕打ちはこ
たえたようです。内心では私は自分で宗教について考えるいい
機会だと思っていました。開拓を降りるという発表があった日
の集会は妻は休みました。私も休みました。いっしょにいてあ
げたかったのです。そのような経験は私もしたことがあるので
す。長老たちと冷たい衝突をしたために巡回監督に嫌われ、な
かなか奉仕の特権に推薦されませんでした。みんなから気を遣
われる立場のつらさをなめてきました。だから今の妻の子持ち
がよくわかるのです。

妻がねたみを買ったのは、以前長老の奥さん姉妹が研究してい
た方が12年ぶりに妻と研究するようになって、「進歩」して
よく注解もするようになり、まだバプテスマも受けていないの
ですが、研究を司会するようになりました。性格が合ったのだ
と思いますが、50代の方なのに二十代の妻をよく尊敬してく
れていました。12年前のときのその方と今のその方とは格段
の違いがあり、そために妻の株がすごい上がったのです。ここ
が妻の頂点でした。つまりその後は下るだけというわけです。
今はその研究生の方もうすうす妻の状況を悟られ、奉仕に出る
回数も減ってきています。

「奉仕会」の集会で会衆の必要というプログラムがありますが
、そこで人間よりも神に注意を向けるという題の話しが行われ
ました。長老や「研究の司会者」は自分に注意を引くよう仕向
けるのでなく、聖書と神に注意を向けるよう援助しなければな
りません、という内容でした。遠まわしに妻への当てこすりで
す。証拠はないですが、この状況でこの話しを聞いたら、会衆
の成員はすぐに妻を思い浮かべるでしょう。この日、妻は集会
が終わるとすぐに帰り、家で泣いていました。私も本当に気が
重いです。

いつまで組織の気難しいえらいさんのためにこんなに神経遣わ
なければならないんだろう、そう思うと怒りを爆発させたい思
いです。でもこれを契機に私がこのHPで知ったことなどを妻
に切り出してみます。どんな反応が返ってくるでしょうか。二
世です。それでも組織を擁護しようとするでしょうか。二世で
あることを考慮して、組織への批判は一切話さないようにして
、心を落ち着ける静かな暮らしを送るという面にポイントを置
いて切り出そうと思います。ちょっと立ち止まろうという意味
を話してみようと思います。うまくいったら、もうJWには一
切関わりたくないです。インターネットも止めようと思います
。宗教はもうこりごりです。二人だけの人生を静かに生きてい
きたいと思います。

私と同世代の級友たちは係長とかになって、手取りで35万か
ら50万近い給料を取っている人もいます。私の給料などそれ
から見ると初任給のような額です。このことを思うと、自分の
判断、エホバの証人になったという決定がいかに間違っていた
か、後悔の気持ちは禁じ得ません。私はお金が欲しいといって
るのではなく、生活の設計を軽んじてきたことを後悔している
のです。でもエホバの証人として生きてきたので、限られた範
囲での暮らしには慣れています。妻もそうでしょう。老後のこ
とは親に相談してみて、最善の処策を図ろうと思います。大人
のなっても親の助けを借りると言うのは情けない思いです。

<中略>

今日は日曜日ですが、集会も奉仕も休んでいます。連絡はして
おきましたが、いずれ連絡無しに来ないようになる夫婦になれ
ますように。

今晩は。

やはり妻には核心のことまでは話せる雰囲気ではありませんで
した。急には無理ですね。買い物などでけっこうストレス解消
になったみたいです。キャピキャピでした。

それでも帰りの飛行機の中では、日本に近づくにつれ、顔色は
こわばってきました。無理してまた開拓を目指さなくてもいい
からというと、にっこり笑ってはいました。頑張っている人、
あるいは信仰の強い人という印象を維持するためには、正規開
拓を降りて半年後から再び補助開拓を始めるのがいいのですが
、私はそうする必要はないからねっていう意味のことを言った
のです。

あえて急いで組織から出ようとする必要はないですよね。とに
かく今までのように奉仕と集会の準備に追われるような日常か
ら抜け出ることでは、心で同意できたと思います。はっきり話
した訳ではありませんけれども。こうなればエホバの証人であ
ろうがなかろうが、あんまり大きな意味はないと思います。私
たちは私たちの生活を取り戻せばいいのですから。エホバの証
人であるための最小限のことを行っていれば、今のところ妻は
安心していられるでしょう。そのうち人間らしい暮らしといえ
ば大げさかもしれませんが、落ち着いた暮らしが板につけば私
たちが宗教に関わることにどんな意味があるのか、なくてもや
っていけるのではないかと考えるようになるでしょう。そうな
ってほしいと思います。
会衆と交わるようになればまたしばらくは心にずしんと重苦し
いものを抱える日々が続くでしょう。でも今度のことで先は見
えてきました。今までのように、私の家庭への宗教支配が果て
しなく続く、ということからは解放される可能性が現実味を帯
びてきたからです。

なんだか取りとめのないことでしたが、ちょっと心に重しがか
かったので前回と今回、投稿させていただきました。

<後略>

《編集者より》
この方からは4月に投書を頂きましたが、公表を控えるようにというお便りを頂いておりました。今回再度投書を頂き、前回の投書の一部を除いて公表するようにというご希望でしたので、ここに一緒に掲載いたします。一回目と二回目の投書の間に、ご夫婦でゴールデンウィークの海外旅行をされたようです。文面から察すると、ご主人であるあなたがしっかりと目覚めており、しかもエホバの証人の中で無難に立ち回る方法を良くわきまえていられるようですので、奥さんと共にものみの塔の「重いくびき」から開放される日も遠くはないと思います。早まって行き過ぎた行動をして、奥さんの反発を買わないようにして下さい。あなたも言及していると思いますが、無難に静かに、消えるように不活発化してエホバの証人をやめることをお勧めします。