(4-1-02)
<前略> 集会拒否してから久しくなります。妻は相変わらずものみの塔の教えに傾倒しています。 はっきり言って考え方が合わないので、夫婦としてやっていけるかどうか自信がありません。 エホバの証人は身勝手過ぎます。というよりもおかしいです。 まぁそういうところが嫌で私はやめたんですけど。 つまらないことですが、先日こういうことがありました。 私は妻を車に乗せて、交差点を右折しようとしたところ、後ろから1台の車が追い越 しをかけて私の車の体当たりをしそうになり、あやうくぶつかるところでした。 そこで私は当然文句を言いに行きました。するとですね、妻に言わせると怒る私が悪いというのです。 しかも、私が同じく危険な行為をしたとすれば、私が悪くなるのです。 こういうことは他にもよくあり、文字通り切れそうになります。つまり私は飼い犬の ように、何をされても黙って受け入れていなければならないのです。(自己主張は厳禁) 自分の都合でしか善悪を判断しない妻、なにをしても理解されない夫。 結局集会に出ない、奉仕をしない、ものみの塔を擁護しないことへの腹いせでしょう。 そういう身勝手な考え方しかできない人間は嫌いです。 私は自営業ですが、妻は膝が痛いと言っては仕事を手伝いませんが、奉仕と集会へは行きます。 そんな身勝手な人間に、人を非難する資格があるとは思えません。 それでも自分は絶対に正しいと思っているのです。たち悪いです。 私が最もな理由があって他の人に怒ると、妻はそれが気に入らないと私に攻撃をしかけます。 つまり、口を利かない、食事の用意はしない、電気を消す、睨む、ため息をつく、などなど。 これじゃあ、うかつに感情を出すこともできません。まさに良い夫を演じつづけなけ ればうまく生活できません。 悪いことをしてこういうことをされるのなら、仕方ない面もありますが、まったく心当たりがありません。 自分が同じことをされたらどういう気持ちがするのか考えたことはないのでしょう。 挙句の果てに言った言葉が「毎日エホバに祈りなさい」です。 こりゃますますストレスがたまって、いつかなにかしでかしかねません。 毎日拷問か責め苦のようなもんです。 <後略>
《編集者より》
夫婦関係には多くの要素があり、全ての夫婦間の問題を宗教に帰すことができるかどうかわかりませんが、あなたの奥さんの振る舞いは、「未信者」を夫に持つエホバの証人の妻に典型的であると思います。私の経験では、エホバの証人の家族と軋轢なく付き合う最善の方法は、宗教や宗教に少しでも関係したことを話題にせず、一緒の行動の中にも宗教めいた事柄を一切入れないことでしょう。これは「未信者」の家族の大きな譲歩ですが、それ以外にエホバの証人である家族が平和を保つことが出来ないので、仕方なく防衛のためにとる手段です。別の見かたをすれば、エホバの証人の家族は、宗教に関しては全くだだっ子と同じで、道理が通らず泣き喚くか、子供じみた非常識な言動をとることしか出来ないからです。だだっ子と付き合うには力づずくでお仕置きをするか、逆に甘やかして言うことを聞くかしかありませんが、「だだっ子大人」になっているエホバの証人の家族をお仕置きすれば問題は悪化するだけです。従って残された平和的な方法は、「だだっ子大人」の言うなりになることしかないのです。