「会衆の人たちが大好きな、元研究生より」

(3-29-02)

 初めてお手紙を差し上げます。JWとの出会いは10年以上も前で、家庭での聖書研
究を受け入れたり中断したりしたのち、集会にも出席するようになりました。格別の歓
迎を証人たちから受け、他の研究生より厚遇されていることを意識しました。もともと
「いい人」を演じるのが得意な上、協会の教えにも感化されて、ますます従順に振る舞
うようになりました。主宰監督の長老からも認められて、駐車場係を任命され、集会の
ある日は誰よりも早く王国会館に出向きました。また巡回監督が食事招待される場合は
一緒に私も招待されることが多く、私の司会者の兄弟が主張公演するときには、誘われ
て同行することもありました。
 現実の社会では讃められたり歓迎されたりすることがあまりないため、私は感激して
さらに「進歩的研究生」の道を歩みました。自営で小売業をしているために、自由にな
る時間が多くあり、毎日聖書を紐解きました。新世界訳聖書はたちまち手垢に染まり、
表紙にはテープによる補強が必要なほどでした。小予言書の順番も覚え、手と指の感触
で素早く目的の頁を開けるようになりました。かなりの予習時間をかけて集会に臨み、
注解も、例の型通りのやりかたではなく、脱線しない範囲で含蓄を取り混ぜるように努
めました。また神権宣教学校での「第二の話」の割り当てでは、自分の話すことをすべ
て暗記して、メモ書きは一切持たずに演壇に上がったこともあります。
 それらはもちろん私の見栄であり仮面であるのですが、それでも100%の山師であ
ったわけではありません。誰も見ていないところで非公式の証言をしたことも度々あり
ますし、資金繰りが楽なわけではないのに、自分にとっては精一杯の寄付もしました。
また協会の教育方針とはまったく無関係な事ですが、集会に通い始めてまもなく、4万
円以上もするギリシャ語辞典を購入したこともあります。一時期はそれだけ「聖書の香
りがする世界」に傾倒していたのです。こうなれば後戻りができません。RBCによる
自前の王国会館の建設のときは、私自身も毎日のように自発奉仕ということで参加しま
した。そして集会に出席するようになってから一年半ほどたったころ、ついに伝道者に
なりたい旨を、申し出ました。結局私の商売上の取扱品目に関して、調整が必要として
保留となりましたが、願い出たというだけで、ますます株が上がりました。     
 すると多くの兄弟姉妹から認められ、たくさんの古い書籍を個人的に入手することが
できました。「神の自由の子となってうける永遠の生命」「御心が地になるように」等
です。私は愕然としました。これらの書籍に比べると、最近の書籍(「創造者」は別の
意味で読みづらいが)は子供向けに出来ているのかと、錯覚するほどでした。褌を締め
直して(失礼)これらを研究しましたが、どうも何か胡散臭いものを嗅ぎ取るようにな
りました。その書籍が書かれたときより古い時代に関しては、ダニエル書の聖句を逐語
的に解釈し、世界史の細々とした部分に断定してあてはめていましたが、将来に関して
は明らかに外れていたのです。(ソ連の崩壊とハルマゲドンを連動させている等)。1
975年問題はここでは省略しますが、これはまさに、ノストラダムス大予言の解説書
と同じ手法です。やがてバルブ崩壊後の株価のように、私の心の中で、JWに対する考
えが変わり始めました。
 そんな胸の内を隠したまま、私の研究司会者である長老の主張公演にくっついて、三
田会衆を訪れました。そこで何人かの、かなり高齢のアメリカ人宣教者姉妹(呼び方が
間違っているかも)に会うことができました。折しもその前日に、仲間の姉妹の葬儀(
?)があったことも聞かされました。その影響があったのかどうか、私には姉妹たちの
顔に幸せを見出だすことができませんでした。それどころか、長年に渡って蓄積されて
きた疲労と諦めのようなものを感じ取りました。まもなく訪れる「終わり」を信じて、
結婚や子作りを少しだけ後回しにして国を離れたつもりが、いつしか徒に年を重ねてし
まったというふうでした。もちろんこれは私の主観であり、勘繰りすぎなのかもしれま
せん。しかし私は、密かに踏ん切りがつきました。
 ほどなくして集会に行かなくなり、様子を見にきてくれた長老たちに、私はできるだ
け正直に思いを打ち明けました。長老たちは私の心情よく理解してくれて、その場で嫌
な思いをすることはありませんでした。またいく人もの兄弟姉妹が、私の店を訪れてく
れたり、手紙を下さったりして心配してくれましたが、決心が揺らぐことはありません
でした。それから二三年たちますが、同じ町内で生活しているために、たまには路上や
スーパーで会衆の人たちと会うことがあります。そのときは、まず例外なく声を掛けて
くれたり、手を振ってくれたりします。ときには思い出話に花が咲いて、長時間話し込
んでしまうこともありました。もちろん私が正式な証人であったならば、対応は180
度違ってきます。つくづくバプテスマは受けるものではないと、実感しました。
 私は今でも心の底から、JWに出会えて良かったと思っています。会衆には、私の大
好きな人たちがたくさんいます。また集会や会衆の人たちとのレクレーションは、私の
人生の中で、貴重で楽しい思い出となっています。もっとも私が独身で一人暮らしで、
近所付き合いや親戚付き合いがあまり必要ない、恵まれた?立場にあるからそう言える
のでしょう。もし私が結婚していて、妻がJWに深くかかわるようになったとしたら、
頭をかきむしって嘆き悲しむことは疑いようがありません。長たらしい文になってしま
い、申しわけありませんでした。もし自慢話のように受け取られる箇所ありましたら、
決して本意ではありません。会衆がいかに私を、気持ち良くもてなしてくれたかを伝え
たかったのです。最後に、多くの時間と労力を費やして、このHPを運営してくださる
村本様に、厚く感謝を申し上げます。
                    会衆の人たちが大好きな、元研究生より。

《編集者より》
非常に興味深い研究生としての体験談であると思います。あなたの発言で特に重要であると思ったのは、「つくづくバプテスマは受けるものではないと、実感しました」という所です。これはつい最近の他の投書者も書かれたことですが、バプテスマを受けようかどうか迷っている研究生にとっては重要な忠告であると思います。あなたの場合、「商売上の取扱品目に関して調整が必要」との理由から延期されたことが、結果的には幸いしたようですが、どのような取扱品目が問題だったのでしょうか。タバコとか宗教関係の商品のようなものかと想像します。