「手ずから働き・・・の匿名証人」様へ−断絶した元開拓者

(3-25-02)

あなたの投稿を読んでいると、何年か前の自分のようです。

あなたは「現役が組織批判できない強い理由の一つに、組織が行っている人格教育が
すばらしい事にある」と、おっしゃってますが、私も同じように考えていました。
確かにエホバの証人の道徳に関する教えと、その教え方には感服します。

でも、断絶して半年以上たった今は「それはほとんどすべての宗教団体の特徴に過ぎな
いのではないか」と、思っています。
今の私の職場には、創価学会の人が二人います。二十代の女性と四十代の女性です。
彼らは、学会の教えを反映しているのかも知れませんが、世の組織の中で精一杯働きます。
彼らの誠実さ、謙遜さ、自己犠牲の精神は、たとえその底辺に利己的な動機が隠れている
かも知れないと・・・エホバの証人特有の理論で疑ってみても、そんな低俗な疑念は瞬く間に
払拭されてしまうほど、強烈に感銘を与えるものがあります。
そして人格面でもみごとに、陶冶されていると、認めざるを得ません。

かってエホバの証人であったころは、学会は、いえ他の宗教団体は天敵みたいな存在だっ
たのに、この心変わりには自分でもちょっと驚いています。
だからといって、私は学会を擁護するつもりは、ありませんし、当然のことながら、そちらに
「鞍替えする」つもりも、ありませんが。

でも今は、はっきりいえます。
人格教育がすばらしくても、人格を破壊してしまうような組織は、ダメなのです。
あなたの会衆の実情はわかりませんが、私のいた会衆は、長老の一人は精神安定剤、
奉仕の僕の一人と、開拓の兄弟一人が抗うつ剤を服用していました。姉妹たちで抗精神薬
を飲んでいる人は、片手では数えられません。
開拓者学校に行ったとき、洗面所で精神安定剤を服用する証人が、何にかいたのには、
ほんとに閉口しました。

何より悲しいのは、私の親族がその組織にまだとどまっている事です。
彼女はここ数年、かなり感情のコントロールがきかなくなっていて、年々それがひどくなって
います。

これこそ、世の終わりが近い証拠、はたまたサタンの攻撃・・・
そんなエホバの証人流の言い訳が、いつまで通用するでしょうか。

察するにあなたは、かなり組織に対しては批判的ですね。
とても、その状態で組織にとどまるのはムリでしょう。
きっと、ご自分で一歩踏み出すーーーそう、私は信じています。

                  元開拓者のミミ(3月6日に投稿した「断絶
した元開拓者」です)

《編集者より》
これは、「手ずから働き,静かに生活する匿名証人」に対する投書です。エホバの証人を含めてほとんどの宗教団体が、道徳的訓練をしっかり行なっているという点には私も同意します。確かにこれは宗教教育の大きな長所と言えるでしょう。しかし、宗教団体の道徳というものは、その団体に特有の道徳律に基づいているため、それに含まれない面では道徳がいい加減であるということがあります。たとえば、エホバの証人は「上位の権」に従うという教えから、法律を厳格に守り、規則をごまかすことは他の人々に比べると少ないかも知れません。しかし、徴兵制度のある国では、その国の法律を堂々と破って兵役を拒否し懲役の刑を受けて来ました。他の宗教の人々は徴兵制度も「上位の権に従う」という教えの中に含めて、厳密に守っています。この例に見るように、道徳的な訓練は必ず宗教団体特有のものであることを覚えておくことが必要です。そして道徳的な訓練が徹底しているというのは何も宗教団体に特有のものでもないということです。たとえば軍人として訓練を受けた人々はそれなりの厳しい道徳律があります。柔道、剣道、武士道などにもそれなりの道徳的な訓練を行ないます。もちろん、それらの道徳律は、他の道徳律から見れば受け入れられない面がありますが(例えば人を傷つけたり殺したりすることが教えられる)、しかし、それは宗教団体の道徳律にもある同じ限界だと思います。