「自分で決めた目標に向かって生きること」(七転八起)

(3-17-02)

今年は桜の開花が例年より早いようですね。私は桜の風景写真を撮るのが楽しみです。
写真は、今一番楽しんで取り組んでいる趣味ですが、長期的な目標としては、外国で暮
らすために語学の勉強をしています。状況がゆるせば、ボランティアをしたいとも考えて
います。大変な時もありますが、日々鍛練することは自分自身の向上につながります。
たとえ、目標が実現できなくなったとしてもも、その過程で得られる事は大きいと感じてい
ます。
 
エホバの証人だった頃は自分の目標ではなく、組織の唱える楽園での生活という目標
に向かって歩んでいたと思います。それに合わせて、その頃の生活を事物の体制の中
では最低限にしか、かかわりを持たないようにしていました。勿論、神に仕えたいという
動機が最重要であり、私もその気持ちで全てを行なってきましたが、生活上の里程標と
しては、この事物の体制の滅びと楽園での生活は不可欠な要素でした。
 
ところが、組織は預言がはずれるのをはぐらかすごとく、次々と見解を変更してきます。
特に皆さんが指摘されるように、事物の体制の終りの時を計算しては外れ、また同じ
過ちを繰り返し、とうとう無期限状態にされたことで、自分の生活設計を次々と変更しな
ければならなくなったことは、大きなダメージを被った出来事でした。自分の計画なら、
ここまで変更することは考えられませんが、一般社会から隔離された生活をしている組
織の人達には、見解の変更が人々に与える影響など他人事なのでしょう。
 
私自身は、ハルマゲドンで世界中の人々が一度に裁かれるという教義には疑問を感じ
ています。理由は、世界中の人々を裁けるほど、神の教えが浸透するのは不可能であ
るし、たとえ教えがかなり広まったとしても、人は変化するので、ある一時に裁くなら、
その後、改心する人の可能性を摘み取ることになるかもしれないからです。ですから、
神はこの体制を存続させながら、これまでのように聖霊によって人類の歩みを導かれ
るのではないかと考えます。聖書の預言と矛盾すると指摘されるかもしれませんが、
私は、いくら社会が良くなっても、最終的には人の心が大切なので、霊的パラダイスを
自分の中で持つことが神の教えではないかと感じるようになりました。特に、マザー・テ
レサの生き方を読んで、そのように感じるようになりました。
 
人それぞれ人格や個性も違い、生き方も異なります。そんな多様性を神は認めておられ
ると思います。ですから、人に愛を示しながら、自分なりに目標を定めて生きる姿勢を神
は喜んで支援してくださると、今の生活の中で実感しています。大変な状況が続く時に
神の助けを何度も感じます。皆さんも、人の作った目標に従うのではなく、ご自分で目標
を見い出して歩まれるのは、いかがナしょうか? きっと、これまでよりも人生が豊かにな
ると思います。
 
<後略>

《編集者より》
七転八起さんからは日本の花の写真を添付ファイルで送って下りありがとうございました。完璧な美しい画像ファイルですので、ここに掲載しようかとも考えましたが、写真を見て組織に残るご家族の方が気がつかれる可能性を考えて差し控えました。確かにボランティア活動で本当に隣人愛を実践したいとなると、日本にいるより外国に出る方がより有効でしょう。私の周りにも、アフガニスタンやインド、ネパール、アフリカ、中南米などに医療援助でボランティアをしている医師や看護婦を沢山知っています。もちろん、エホバの証人の人は一人もいませんが。いずれにしても、自分のやり方で精一杯隣人を愛し、神を愛する生活を送れれば、きっと豊かで満足のいける人生を送れることと思います。