「エホバの証人を好きになってしまった私」

(3-12-02)

エホバの証人を好きになってしまった私はどうすればよいのでしょうか…
1年近く私のことを思い続けてくれた彼に私は惹かれ始め…付き合うようになりました。
手を繋いだりキスをしたり…
でもこれらの行為はエホバの証人にとってはしてはいけない行為ですよね。
付き合いだす前に彼がエホバの証人であることを聞きました。
毎週夜の集会、日曜の集会には欠かさず出席する彼。
両親共にエホバの証人で、彼自身も熱心な信者のように思います。
その時にエホバの証人はそうではない人と付き合えないことや、結婚できないことを聞きました。
けれどお互いに惹かれあう気持ちに嘘がつけず、付き合っています。
彼は私がエホバを研究し、いつか堂々と付き合い、結婚できる日が来ることを祈っていると言いました。
私自信これから先もずっと彼と一緒に居たい為エホバを調べてみようとこのHPにたどり着いたのです。
一時期母親がエホバの証人と家で研究していたことがあり、家にある聖書など読んでみたりもしました。
けれど彼が好きで、彼と一緒に居たくてエホバを調べ…
調べるにしたがって…エホバに疑問を抱く気持ちが大きくなります
彼が望むように私がエホバの研究をし、エホバの証人になることは私には出来ません。
過去の投稿等読ませてもらい、同じように悩んでる人が多いことに少し驚きました。
それと同時にこれから先も彼と付き合っていくことがいかに難しいことなのかも知りました…
二人の別れを意識すると涙が出てくると言う彼。
私自身も彼と離れることを考えると凄く苦しくなります。
これから先も一緒にいられるようにするために、私は何をすれば良いのか…
凄く悩んでいます…。

《編集者より》
あなたも多分この読者の広場の多くの投書を読まれたと思いますが、これは実に深刻な問題です。私はこれを「現代版ロメオとジュリエット」と考えています。ロメオとジュリエットはもちろん家系の違いから結婚を禁じられたのですが、現代版では宗教の違いから結婚を禁じられています。これは太古の昔からあり、中世期には世界中であった習慣ですが、現代では間違った因習であるとほとんどの人に認識され、結婚の決定には、本人同士の愛が他の全ての事に優先されるべきであると考えられています。エホバの証人はこの例外で、「一世紀当時」の世界にあった因習にとらわれています。この因習は古代のクリスチャン以外にも全ての宗教、家系、政治勢力などの間で行なわれていた「この世の習慣」「異教の習慣」であることに、ものみの塔は気づかないのです。

もちろん、エホバの証人でないあなたに、このようなお説教をしても何も役に立ちませんし、理解もできないでしょう。他の方への返事にも書きましたが、この問題に対しては、お二人の置かれた状況と、お二人の意志によって、色々な道が考えられます。もちろん最も簡単で、最も痛みが強いのは、ものみの塔協会の意向に沿って、宗教の違いのために二人の愛を犠牲にすることです。しかし、そう簡単にあきらめる必要もないでしょう。あなたの彼は、二世であってその行動から見ると完全に凝り固まったエホバの証人ではないかもしれません。一般に言って、未信者と深い恋愛関係に入ること自体、その証人が凝り固まったエホバの証人でない証拠であり、その点から言えば充分希望は持てると思います。彼の年齢、職業、家族関係などにより、色々な方法が考えられます。彼にとって結婚が出来ない最大の理由は家族との関係でしょう。もし彼の家族の誰かがあなたに理解を示してくれれば大きなプラスです。またもし彼が家族と離れて別の土地で一人で暮らしていればこれも問題の解決を容易にします。もし彼が凝り固まっていずに、柔軟な見方のできるエホバの証人であれば、彼自身が見方を変えることもあるかも知れません。一つだけあなたにとって不利な条件は、あなたが女性であることです。日本のエホバの証人の社会では、結婚適齢期の男性は貴重品で、彼とすればエホバの証人の中で結婚相手を見つけるのは非常に簡単であるからです。逆に言うと、エホバの証人の女性が組織の意向に合わせて信者の中から結婚相手を見つけるのは困難になっています。

いずれにしても、詳しい状況がわかりませんので具体的な助言はできませんが、そう簡単にあきらめる必要はないように思います。しばらく気長に付き合いながら、あなたがエホバの証人になれない理由をじっくり彼と話し合って見たらどうでしょうか。少なくともアメリカでは男女関係はもう少し自由で、白い目で見られたり、会衆内での役割を与えられないなどの小さな処分を受けながらも、未信者と結婚したエホバの証人がかなりいることも、彼に教えてあげたら良いかもしれません。上に述べたように、エホバの証人の人口が徐々に減って男女の比率が偏ってくると、同じ信者の中で結婚相手を見つけることはだんだん困難になっているので、例外もだんだん増えざるを得ず、そのうちこの因習も緩和されるかもしれません。