「研究しています−資料譲渡のお願い」

(11-10-01)

はじめまして、
私はエホバの証人について研究している
23のOLです。

私の友人が(2年程度のつきあいです)
最初エホバの証人としらずにお話していたけれど
年月に関係なく、たとえ私の一方的でも、信頼しあっていたと
おもっています。

わかったのは、私がその友人の考え方や、真理について話すこと、
習慣、生活から、少しずつ、でも確信にいたり、
エホバの証人かということをきいて
わかったからです。

友人は、隠していたわけではないけれど、
むやみにエホバの証人です、と最初からいわなかったのは
偏見をもたれるばっかりだったので控えたとのことでした。
(このへんが、あんまり私を友人として
みていなかったんかもしれませんが、確かに隠してはいませんでした)

その人は正規開拓をやっていて、ばりばりエホバの証人で、
2世で、頭もよく、組織に忠誠心もあり、
道徳観念もかなり高いです。

私が気づいた時には、その友人また友人にあたる
人まで、影響をうけて、まだ半年なのに、
完全に組織に頭が支配されていることです。
(その今支配されてる友人も、私の友人にあたります)

私は、エホバの証人の友人が、友人に、
何をした?!とおもいました。


私にも、真理についてちょっと話されてきましたが
今おもうとただのものみの塔の教理なのですが

その時なぜこれが、その友人の真理なのか私には、
わかりませんでした。(聖書の内容話してるんだな、とおもいました)
エホバの証人の友人は、私が宗教嫌いだったのを
知っていたので、
(「新興宗教とかだいっきらい、信じるのは勝手だけど
それを人におしつけるな!」などと私はよくいっていました。)
そんな私には、「聖書ちゃんと読んだことないでしょ」
とか言う程度で、読んで、というようなことはいってきませんでしたし、
王国のたよりとかも伝えてきませんでした。


それで私は、すすめられてなくても、聖書を熱心に読みました。
(真理をきいた以上理解するにはそれが必要だとおもったので)

最初は新世界訳聖書じゃなかったけれど、
今は、新世界訳聖書とよみくらべたり、インターネットを
やってたくさんの資料を収集しつつ、勉強をしています。

私は誰からもさそわれず、(訪問もうけたことない)
聖書と大学ノートだけもって
いきなり王国会館を近場で探しだして、
公開聖書研究だと外にかいてあるので、きっと
一般の人に聖書の内容を解説する講義かな?とおもって
ちょこんとすわっていました。

そして、自分から研究をうけたいのだ、といい、
今も研究をしています。(だから研究生です)
その時には、エホバの証人がどういう組織構造でできてるとか
教理も含め、レイモンド・フランズの「良心の危機」も
結構頭がくさるほど読み直していましたし(最初は何いってるか
根本的意味も、無知だったのでわからなかったのです)
基本的なものは、聖書の知識も含めて、短期間で
たたきこみました。

自宅ではなく、王国会館で研究をやっています。
(なんでかわかりませんけど、場所の指定はしてないし、
集会でたあとにひきつづき研究です)
欠かさず集会にでています。
毎回すさまじい洗脳集会です。

私はどこの宗派にも属していませんし、信仰心ももって
いませんでしたが、エホバの証人と語りあうなら
同じ聖書を理解し、聖書を信じるという前提でないと
話はすすまないだろうということは、友人との会話の中で
感じたから熱心に読むのです。
(今は、聖書の奥深さや、本当に興味深い、また感動も
もたらしてくれる、まさに自分にとって有益な書だな、ともおもいます)

そんな状態だから、会衆内の人や私の司会者にも
私は決して頭なんかよくないけれど、
異様に吸収率のいいことや、聖書を最近まで読んだことも
ないのにさっさと集会の時の聖句の場所も開いてしまう所、

研究の予習についても、いわれなくても
ものみの塔の本や、最初のとき、
知識の本などについても、
しょっぱなから全部聖句をひいてノートに全文かきだしたり
しかも私が最初聖書に関しても無知で、新世界訳ではない聖書を
もって王国会館に訪れていたんで、
二種類の聖書を書き出し、比較し、
質問をしたりしてたり
集会の司会者が話ししてる内容、どの聖句が引用され
その言葉がもちだされたか、聖句もかならず、まずメモっていたので
少なからず、驚かれていたようです。(記録ノートが膨れ上がる・・・)

正直いって、誰からも指導がなかったので
どの程度予習が要求されていたのか、とか
わからなかったのと、
集会のメモや、エホバの証人の話の内容は、
耳でおぼえてるだけでなく、詳細に記録をとらなければならない、
とおもっていたのでとっていただけです。


私は、ものみの塔の言ってることが正しいのだ、とか
そういう迷いの段階ではないし、
今も惑わされてはいません。
研究の時に、批判的態度や、中傷したりもする気もないし
(そのうちするかもしれませんが)
熱心に勉強してます。
自分がやってることは、結構危険だなぁということも
わかっています。
(エホバの証人の友人は、私が研究生として訪れたことを
あとで知っています。場所は全然違いますが、
まぁ研究するのもいいんじゃない、自分でたしかめれば?
とのことです。)

そういう洗脳されないとおもっているヤツにかぎって
ちゃっかりバリバリの伝道者になってる確率大です。

エホバの証人は、神の教えに忠実ではなく
神の教えにしたがったつもりが、ただの組織に
支配されてる人たちだ、と切に感じます。

誰をせめるわけにもいかない、
私のいってる会衆にいる人たちも、本当に
その人単位でみれば、信じられないようないい人
ばっかりだし(排斥か断絶されたらあっさり挨拶もされないのに、
家族なようにおもってるから、兄弟姉妹とよびあうような仲ですけど
そのことに関して友人は、町で排斥された人にあったら、避けるだろうけど
それは愛がないとかじゃない、悔い改めてもどってきてほしいから
愛があるからだ、待つほうもツライ、といいます)

支配された友人も、悪魔の組織にある家族と断絶状態だし、
エホバの証人にひきこんだ友人も、
二世で被害者の被害者なのです。

そして、被害者が被害者をうんでいって、
真理がどんどんうずもれていきます。

最近聖書をひらいたような協力者もいない、私程度には、
組織を批判するような力はもちろん、
(エホバの証人の友人にはいろいろいってるけど)
頭のいい友人を説得する力も、支配された
友人をひきもどす力もないものだとおもわれます。

でも記録をとることくらいならできます。

自分がやってること、
そしてそれが真に正しいことなのか、それすら判断
しにくいことですが、わたしはきまぐれてやってるわけでは
ありません。

まだこの程度の研究ともいえない私ですが、
ものみの塔のバックナンバーとか
多くの本に引用はされてても、
実際にそれがたしかにあるのか自分で確かめられないし、
自分の手にとても手にいれにくいな、という感想があります。

このサイトは、最近ネットで調べるようになって、知りました。
資料を譲りたいという人がたまにいるようで、
だから、どんな資料でも、譲渡したいという話があれば、

私の方にもご一報くださると、ありがたいです。

ながながと失礼しました。

《編集者より》
エホバの証人の最近の資料を調べるには、ものみの塔のCDをもらってあなたのコンピューターに入れれば、いつでも協会の出版物を調べることができます。研究の司会者に頼むとよいでしょう。また、王国会館にはある程度の以前の出版物が置いてあり、それを見ることはできると思います。資料譲渡の知らせを受けるにはあなたのメールのアドレスを公開する必要があるでしょう。