断絶してからの生活 (七転八起)

(10-10-01)

久しぶりにメールをおくります。
 
8月20日に断絶して1ヶ月半が過ぎました。私はこれまで2年ほど準備期間を設けて
きました。組織が変だと思い始めて調べるのに1年、集会・大会・奉仕など出なくなって
1年です。自分の健康の問題や家族の介護などを理由に不活発を装ってきましたが、
組織に残った子供が、もはや親とは関係なく歩んでいるので断絶を実行しました。

私は以前から、自営の仕事を手伝い、PTAの役員をし、語学のスクールに通うなど、
活発に世の活動をしてきました。家族ぐるみの友人と出かけたり、ホームパーティーを
したりと以前から楽しんでいることを、今もよりいっそう楽しんでいます。旅行を楽し
み、デジカメで撮った画像でカレンダーを作ったりして人にプレゼントしています。も
のみの塔の制約に支配されない、自分らしい生き方をのびのびと実行しています。以前
にも増して若々しく活発に行動しています。親族の援助などでも忙しくし、バイタリテ
ィーにあふれた毎日です。
 
誰もが私のように断絶して、生き生きと生活できるとは限りませんが、少なくとも老人
たちが負わせている無意味な制約から解放されるのは、本来の人間性を回復するのに効
果的だと感じています。皆さんも、この開放感を味わっていただけたらと思います。

《編集者より》
七転八起さんからは、引き続き近況報告を時々頂いており、再びお礼申し上げます。ご家族の中に病人がいたり、組織に残る方がいたりして、順調な生活とは程遠い環境に置かれているようですが、積極的に前向きに生きていかれる姿には、健康な爽やかさが溢れていると思います。他の投書にも書きましたが、「楽園」はその人の人生の中に潜んでいて、その人の態度と心の状態によっては、たとえ一見悲劇と見える環境の中にも豊かな心の「楽園」を見つけることはできるのではないでしょうか。逆に見せかけの「楽園」のような生活をする人の中に、心の貧しい人が沢山います。ものみの塔の雑誌に出てくる絵に描いた物質的に豊かな「楽園」を、絵に描いた餅のように夢見て現実の生活を犠牲にするエホバの証人の生活から、七転八起さんのように、日常の生活の中に心の豊かさを見出す現在進行形の「楽園」を提唱したいと思います。