「擁護派の意見を出したいと思います」−編集者に対する意見と質問

(9-27-01)

半年ほど前に「エホバの証人は愛を実践している」というメール送らせてもらった者です。
その後、何回かホームページを見させていただきました。
相変わらずJW批判が多いですね 擁護派の意見を出したいと思います。

ここにある批判の多くは組織または統治体に向けられているものです。
しかし多くのJWは組織、統治体が人間で構成されてることので不完全なことを認めてます。ではなぜそんな組織にとどまるのでしょうか。
それは組織を支えている神との関係を重視してるからです。
ではなぜJWの組織に神の支えがあると言えるのでしょうか。
@多くの迫害に絶えてきている。
ナチスなどの多くの政府がJWをつぶそうと攻撃してきましたが、どの政府もJWの公の活動をとめることができても、彼らの信仰を崩すことができませんでした。
A組織の点で、教えの点で一致してる。
世界中どこ行っても、集会があり、同じことが教えられてるのです。分裂もなく
B600万人もの人が世界中で宣教を行っている
人間の組織で人種も文化も国も違う600万人の人を一つのことを行わせることができるでしょうか
C人間が抱える悩みに対する道理にかなった答えを持っている
なぜ人間は死ぬか、死んだらどうなるか
人生の目的は何か
この先将来どうなるか
この問題の答えを貴方はどう思いますか.

ほかにもたくさん理由がありますがこのへんにしときます。

最後に編集者自身に質問です。
あなたは神の存在についてどう思うか。
聖書についてどう思うのか。
ものみの塔協会は解散すべきか。
真の宗教というものがあるのか。

もし差し支えなければお答えください。

《編集者より》
問題の核心に触れる重要な質問ですので、できる限り詳細にお答えいたします。まず、あなたの言う「組織に神の支えがある」理由ですが、私はこれらの基準はそれ自体、ものみの塔とエホバの証人自身が作った基準であり、どこにも神から出たと考える理由がないと思います。従ってこれらの基準は「神の組織を自称する理由」と言えるでしょう。ナポレオンが皇帝になった時に憲法を自分自身にあうように変えてから、憲法に支えられて自分は皇帝になった、と言うのと似ています。

@多くの迫害に絶えてきている。
キリスト教、仏教、イスラム教夫々が全て迫害に耐えて来ました。しかもその歴史は、エホバの証人の100年に満たない歴史とは比較にならない、何千年にもわたる歴史です。この基準でいけば、これらの既存宗教の方がはるかに神の支えがあることになります。

A組織の点で、教えの点で一致してる。
組織や教えが「一致している」度合いは宗教団体によって様々ですが、一般に言って信者に対する統制の強い宗教程、一致度は高くなります。このような一致度の高い宗教は、エホバの証人以外にも、モルモン教、統一原理教などがあり、「一致度」は単に宗教の統制の強さの指標でしかありません。これは「神の支え」の指標ではなく、いかに宗教が人間個人個人の人間性を無視して教えを統制しているかの現われでしかありません。自由主義の国では人々の意見がばらばらであるのに、全体主義の独裁政権の元では人々の意見が一致しているように見えるのと同じ事です。もちろん独裁政権では一党独裁ですから、「分裂」のしようがありません。分裂がないように見えるのは分裂しそうになる人々を潰してきたからであり、それはものみの塔の歴史に一貫して見られる「背教者」に対する差別と迫害がいかに徹底しているかを物語るものです。

B600万人もの人が世界中で宣教を行っている。
現代の情報通信と交通機関の発達により、世界中で何百万もの人間が一斉に同じ事を行うことは何も不思議なことではありません。ものみの塔協会は元々、書籍訪問販売会社として無料奉仕の販売員を通して世界中に「宣教」の名の元にその出版物を配布してきました。今では「販売」行為は止めたものの、訪問配布という方法は変わっていません。このような世界規模の訪問販売会社には、かつての百科事典の訪問販売、最近ではアムウェイの化粧品の訪問販売があり、世界中で何百万の販売員が一斉に同じ商品を同じ宣伝文句を使って売り歩いています。これは単に世界規模の販売ネットワークを持つ訪問販売会社に共通する特徴で、何も「神の支え」などと「神がかり妄想」を持ち出す必要はありません。

C人間が抱える悩みに対する道理にかなった答えを持っている。
「道理にかなった答え」かどうかは人によって異なるでしょう。もちろん、擁護派のあなたのようなエホバの証人は、「道理にかなった答え」と信じるからエホバの証人になっているのでしょうが、エホバの証人でない者から見れば、とんでもない馬鹿げた答えでしかありません。

「なぜ人間は死ぬか、死んだらどうなるか」:この答えは、ものみの塔協会の作り上げたシナリオですが、もちろん誰もその信憑性を確かめることはできません。ただ聖書をものみの塔の読み方で読んで「信じ込む」だけで、「道理にかなった答え」とは到底言えません。

「人生の目的は何か」:人生の目的は夫々の人が自分の状況と自分の考えに基づいて決めるもので、宗教団体が答えを与えるものではありません。私はあなたの人生の目的のために生きたいとは思いませんし、あなたも私の人生の目的のために生きたいとは思わないのではありませんか。

「この先将来どうなるか」:誰がこの先どうなるかを正確に予想できるでしょう。ものみの塔はむしろこの点では最も「道理にかなっていない答え」をしてきました。1975年にハルマゲドンが来ることを予想させ、そのためにエホバの証人は、家財を売り払い、保険を解約し、農民は次の年の作付けをしませんでした。ものみの塔協会はそのような熱心なエホバの証人を賞賛しましたが、結局は老後の支えも教育も持たない多くのエホバの証人を作り上げるだけでした。こんな予想のどこが「神に支えられ」「道理にかなっている」でしょうか。

このように見てくると、あなたの上げた四つの「組織に神の支えがある」理由は、実際は「神の組織を自称する理由」であるが、よく調べてみれば、ものみの塔に「神の支えがない」理由となっていることがわかります。

最後に編集者個人の見解を尋ねておられますので、お答えします。

「あなたは神の存在についてどう思うか」
私は神の存在を信じています。しかし、人によって「神」の定義も「存在」の定義も異なるので、あなたが「私は神の存在を信じています」と言い、私が同じように「私は神の存在を信じています」と言っても、必ずしも同じ内容ではないことを強調したいと思います。

「聖書についてどう思うのか」
聖書は偉大な書物であり、人類の歴史の中で最も価値のある書物であると思います。しかしそのことは聖書の全てを鵜呑みしなければいけないことを意味しません。聖書には聖書が書かれた時代の限界と不完全さが多くの所に反映されており、そのために非常に悪用されやすい書物になってきたと思っています。

「ものみの塔協会は解散すべきか」
解散すればいいとは思いますが、解散しなくとも構わないと思います。解散することで問題がなくなるわけではないし、ものみの塔は解散することはないだろうと思っています。カルトは人類の歴史とともに存在した現象であり、テロリストや売春や詐欺と同様、決してなくなることはないと思います。カルトを解散することを目指すより、カルトを育む人々の心を変えていくことの方がはるかに大事だと思っています。売春婦や詐欺師を監獄に入れても問題が解決しないのと同じことです。

「真の宗教というものがあるのか」
これは「真の宗教」の定義によります。擁護派のあなたにすれば、もちろん「真の宗教」の定義はものみの塔の定義になりますから、この答えは必ず「ものみの塔」だけが「真の宗教」となるように作られています。しかし、「真の宗教」の定義があなたの定義と異なれば、答えも変わってくるはずです。私は宗教は個人の問題であり、そもそもそれを「真」かどうか議論すること自体がおかしいと思っています。自分たちの教えるもののみが「真」であり、他人の信じるものは「偽」であるというものみの塔の見方は、傲慢な独善の態度を植え付け、それがものみの塔協会の繰り返される欺瞞の原因であると、私は思っています。私は自分の宗教が真の宗教であるという大それたことを言う気持ちは全くありません。