「エホバの信者である祖母と同居して一年が過ぎて」

(9-14-01)

エホバの信者である祖母と同居して一年か過ぎた、香織です。

正直言ってこの間、わたしは命をかけた闘いでした.
祖母はわたしを規則正しく、感覚も感情も意志も欲求
もすべて型どおりに当てはめられたものでなければ
許されない、そういう世界へとひき込もうとしてい
るのが強く実感しました。
一時期はいわゆる長女性格の典型の姉が祖母のいいなりに
なり、祖母の言いなりになってわたしを非難しては私がこの
家に居られないような雰囲気になったこともありました。
 それでわたしも居辛く、2.3日男友達のところに身を寄せて
帰ってくると、
「何アンタ、帰ったきたの、ここはあんたのいると
ころじゃないわよ」
といわれました。わたしは本当に自分の今まで居場所
だった家に帰る事も許されなくなったのか…と絶望しました。
しかし他の家族や近所の人たち、姉の友達などに連絡をとって、
なんとか難を乗り切りました。はっきりいってオウム真理教の
家族や地元住民たちはこういう思いをしてきたのかもしれない
と感じました。

姉が我に帰って、祖母が何をしたかに気が付いたので、祖母の
立場は窮地に陥りました。わたしの運転で祖母を医者に連れて
いくのですが、その時、車内で二人きりになったとき、一瞬祖
母を殺してしまおうとか、奥多摩などの山奥に行って、祖母を
捨ててこようと言う考えが脳裏をよぎりました。そして、医者
帰りにふと気が付くと、以前男と友達とよくドライブした山奥
に差し掛かっていました。
そこで私は祖母にわたしにした事を問い詰め、祖母は怯えてその
場では謝罪しました。たしかにあの時、わたしは本気で、祖母
を山奥においていってしまおうとおもっていました。
その事件があってから、祖母の態度は変わりました。わたした
ちは次第に今までいかに祖母に「マインドコントロール」され
てきたかがわかり、そして祖母に対する態度も「どうあでもい
い」という感じになりました。
以前はショートパンツでいると祖母は「めざわりだ、穿き替え
なさい.』といい、それまでわたしのショートパンツ姿になん
も文句言わなかった姉などまで『おばあちゃんがいるんだから
・・」と文句を言うようになったと言う事がありました。しか
しいまではショートパンツでいても、キャミソールで居ても、
以前同様誰も文句をいわなくなりました。
しかしわたしは一時的にも男友達のところに逃げなければなら
なかったこと、そして自分の家に帰ってきたら、もはやわたし
が帰るとこではないと祖母に言われたことは忘れられません。
そしていまでも祖母を監視し、警戒しています.最近祖母は急
に弱って、エホバの集会にもいきませんし、医者にも行きたが
りません。わたしは弱っていく祖母を見て、ホッとしています
。わたしははっきりいって、祖母がオウム真理教のように恐い
です。もうわたしを脅かす事が出来ないように死んでくれれば
いいと思っています。祖母もわたしの殺気を感じて、この家か
ら出たいようです。しかし引っ掻き回されるのはイヤです.私
は祖母を飼い殺しにするしかないと思っています。
社会だって、オウム事件の犯人を刑務所に入れているようにです。

わたしは宗教はエホバもそれ以外まったく関心はありません。
そして祖母はとにかく世間にたいして自分の好み通りではない
と批判しています。

《編集者より》
これは昨年何回かにわたり投稿していただいた(「ありがとうございました−エホバの証人を祖母に持つ人より」他)方のその後の様子です。もしあなたがこのサイトを続けて見ておられるならわかると思いますが、お祖母さんの問題がすべて、エホバの証人の問題であるとは言えないと私は思います。確かに長年のエホバの証人としての訓練は、人を規則で縛る性格を作り上げ、自分たちエホバの証人の基準に当てはまらない人々には厳しく接することは、エホバの証人共通の性格とも言えますが、あなたのお祖母さんの問題は、もしかしたら、お祖母さん自身の性格の問題もあるのではないでしょうか。あなたの投書を見て私が興味を感じたことは、多分あなたとお祖母さんとは非常に性格が似ているのではないかという推測でした。お祖母さんを老人の弱さとして赦す事ができず、殺すことまで考えるという、あなた自身のその性格は、孫の未熟さを愛と寛容を持って赦す事のできない、あなたのお祖母さんの性格を受け継いだものではないかと感じました。これは単に私の推測ですが。確かに宗教もエホバの証人も深刻な問題を抱えていますが、悪いことを全てエホバの証人や宗教と関連付ける必要はないと思います。