「真理」と「組織」に関する質問

(8-6-01)

あなたの考える真理に関して質問させて頂きます。エホバの証人の組織が教えている
ことや実践していることは、個々の点では不十分な面もあるかもしれませんが、全体
として考えると他の組織の追随を許さないほどに聖書と一致していると考えます。あ
なたの考える真理を系統立てて書物にしたり、組織として実践していこうとするなら
ば、エホバの証人の組織以上に不完全なものとなるのではないでしょうか?それと
も、あなたの言っているような真理を実践する組織が他に存在していますか?宇宙を
創造した唯一の神が存在していること、そして、聖書は神の書かれた書物であること
をもし信じておられるのでしたらそれを前提として答えて頂きたいと思います。

あなたの宗教観もきっと多くの人が知りたいと思っているでしょうから「物事をあり
のままに考えるエホバの証人」の方のように詳しく教えていただきたいです。
公表して下さい。
お願いします。

《編集者より》
私は私の考える「真理」を系統立てて書物にしたり、「組織」として実践していく積もりは一切ありません。もちろん私は自分の考えを書いたり述べたりしつづけますが、それを「真理」であると主張する積もりは決してありません。また私は人との集まりを大事にしますが、それは「組織」であるとは思いません。確かに私は人の作る全ての「真理」も「組織」も不完全であると思います。今までに既に沢山ある不完全なものに、もう一つ不完全なものを付け足して何の意味があるでしょう。

あなたはエホバの証人の組織は不完全ではあっても、「他の組織の追随を許さないほどに聖書と一致している」から、不完全な中ではましなほうである、と言いたいようですね。私は逆に、ものみの塔協会は不完全な組織の中でもひどい方だと思います。いくら幾つかの面で「聖書と一致」していても、聖書にないことを聖書にあるように作り上げて、それを「エホバのご意志」として押し付けるなら、それはいかに他の細かいことで聖書に一致しようと、本質的には反聖書、反エホバの組織であることを証明していると思います。もちろん、「これがエホバのご意志です」と信者に鵜呑みにさせたことが、他愛のないこと、たとえばクリスマスを祝ってはならない、誕生日を祝ってはならない、というようなことであれば、それは「不完全」で済まされるでしょう。しかし、輸血禁止のように、エホバの証人の間でも聖書の読み方によって「血を避ける」ことの意味がちがうのに、「輸血を拒否することがエホバのご意志」として信者に輸血拒否をさせて、その結果多数の信者が命を落としているとすれば、これは文字通り「血の罪」でしかありません。血の罪を犯している指導者が作り上げる組織が、「不完全でもエホバに使われている組織」であると言えるでしょうか。

確かにエホバの証人の組織の中にも、いいことは沢山ありますし、多くのエホバの証人は高い道徳基準と温かい心を持った人々であることは私も大いに認めます。しかし、その組織の中枢を見る限り、腐敗は覆い隠せません。不完全な宗教組織の中には確かに、ものみの塔協会よりもひどい宗教、たとえば公然と犯罪行為や人殺しを平気で行う宗教があり、それに比べればものみの塔はまだましです。しかし、私はものみの塔協会はそれらの宗教団体と同様、決して血の罪の咎をまぬかれないと思います。

私の宗教観を書け、とのご要望ですが、このウェブサイト、特にこの読者の広場で今までに繰り返し書いてきましたので、特に繰り返しません。この返事自体も、私の宗教観の一つと理解して頂いて結構です。今後も時に触れて、書いていくつもりです。