「物事をありのままに考えるエホバの証人」さんの投稿を読んで−「真実を求め続けたいエホバの証人」より

(7-28-01)

@「物事をありのままに考えるエホバの証人」さんの投稿を読んで
  
 ある理由で私も組織を出ていませんが、共感する部分を多く感じています。やめないで組織に残
っている人達は、もしかしたら似たようなところがあるのかもしれないなと思いました。物事兄弟
の方が、思考の規模も知識もはるかに広く、詳しいですが、問題意識の持ちどころというか、着眼
点は似ているかな、なんて、おこがましくも思ったりしました。
 これからどうするのが最善なのか、私もわかりません。やめたとしても、元エホバの証人という
より、新エホバの証人という呼び名の方が自分の気持ちに合っていると思うのですが、エホバの証
人という呼び名にこだわる分、まだまだマインドコントロールにはまっているのでしょうか。でも
、エホバの証人という呼び名自体は非聖書的というわけではないと思ったりしています。
 祈るときや、神との関係では、エホバやイエス・キリストと直結してきました。組織に頼る部分
がなくなったので、ある意味ではかなり心細かったのですが、心細ければ心細いほど、神に頼りま
した。ですから、結局、以前よりも神との関係は強くなっています。気持ちもさわやかで、不安も
ありません。
 これからも、投稿を読ませていただきます。楽しみにしています。
 時々、特定されてしまうのではないかと心配になる内容が書かれていますが、大丈夫でしょうか
。それとも覚悟の上のことなのですか?
 PS.
 地域大会の話を聞きながら、王国第一の適用や、聖書劇のコラの反乱の適用は聖書と調和してい
ないし、長老は個人的見解を広めないようにと釘を指していた点は、「統治体が間違ったことを言
うからでしょ(それは無防備層に即浸透します)。」と思いました。
 そして、真のエホバの証人というのは、エホバのお考えと調和しないことが浸透することを容認
したり、放置してはなりませんから、間違いに気付いた時点で、各人が間違いを指摘し、訂正を促
す責務があると思いました。組織の外に出てしまっては、何を言っても所詮は負け犬の遠吠えくら
いにしか受けとめられず、不道徳者&背教者というレッテルの貼られた棺桶に入れられて終わりで
す。組織にとどまりながら真のエホバの証人でありたいと志す人達が、こういうHPを使わせていた
だいて、各人、気付いた点を投稿し続けることは、組織の間違いや独善のパン種が膨らんでいくの
を阻止する力として役に立つのではないかと思いました。
 先日のテレビで、日本人は、「仕方がない」とか「しょうがない」ということが多いということ
が取り上げられていました。“長いものにはまかれろ”ということわざがあるくらいなので、先祖
代々染み込んでいる傾向なのでしょう。そういう精神が官僚主義や軍国主義を支え、太平洋戦争を
支えていった一因と指摘されていました。一人一人で見ると小さなことなのですが、大きなことに
つながっていったわけです。逆に言えば、一人一人の小さな発言でも大きな力になり得るというこ
とだと思いました。
 真のエホバの証人でありたいと思われる方々! 短くても、長くても、上手でも下手でもいいの
で、変だと思ったことは投稿するのはどうでしょうか。黙認するなら、「エホバの証人」ではなく
、「組織の証人」になってしまいます。本気で語っている文章は、必ず真意が伝わってきます。読
めれば結構わかるものなのです。上手、下手は小手先の問題なので気にすることなどありません。
 ちなみに、話術もそうですよ。上手な方がおもしろいし、聞きやすいですけれどもAどうしても苦
手な人もいるわけです。なのに、そういう話術で人を判断するというか、話術にダマされる兄弟姉
妹が非常に多いと思いました。子供なら仕方ないですが、大人ならもっと実質を見ようね……。
 物事兄弟へのメッセージから、最後は脱線してしまいました。すみません。
 
 A「コラの反乱」の適用について
 
  あの反乱が予表していたのは「反キリスト」であって、「反統治体&反長老」という統治体の
解釈は間違っていることは、以前、投稿させていただいたので省略します。8月8日号に「反キリ
ストとはだれですか」という記事が出ていました。
反キリストを定義している聖句として引用されていた聖句は3つありました。、
 1.ヨハネ第一2:18  幼子たちよ、今は終わりの時です。そして、あなた方が反キリスト
の来ることを聞いていたとおり、今でも多くの反キリストが現れています。
 2.ヨハネ第一4:3  イエスについて告白しない霊感の表現は……反キリストの霊感の表現
であり、
 3.ヨハネ第一2:22 イエスがキリストであることを否定する者でなければ、いったいだれ
が偽り者でしょう。父とみ子を否む者、それが反キリストです。
 3つが示唆しているのは、エホバ神を否定する者とイエスがキリストであることを否定する者、
また、そういう霊感の表現(教え)が反キリストであるということだけです。教えに問題があるの
は、エホバの証人も同じで、非聖書的な点は負けず劣らずありますから、神にしか裁けないことで
あり、統治体が、自分たちこそが真のクリスチャンであると前提して、あのように裁決するのはふ
さわしくないと思いました。神から見て、もし前提が間違っていれば、結論も違ってくるのですか
ら。
 
PS: マタイ28:19,20をイエスから命じられたのは11人で(マタイ28:16)、使徒たちの活動に
は11人の名前が明記されています。使徒1:6−13からわかります。ペテロ、ヨハネ、ヤコブ、ア
ンデレ、フィリポ、トマス、バルトロマイ、マタイ、アルパヨの子ヤコブ、熱心な者シモン、ヤコ
ブの子ユダです。巡回訪問などで、マタイ28:19,20の言葉を聞いたのは大勢が集まっていた時と
言われてきました。最近は、「大勢の弟子も集まっていたかもしれませんが……」と言い方が変り
ましたが、そうではないことが聖書からわかります。細かいことですが、ついでに付け足しておき
ます。

《編集者より》
あなたが「真実を求め続けたい」と願い続け、その中でエホバの証人として留まる立場が揺れ動いているのがわかります。ご自分で一つ一つ納得しながら、真実を求め続けて下さい。あなたのような見方をする現役や元エホバの証人の人々は、沢山いることを覚えて下さい。アメリカのキリスト教会に属さない元エホバの証人たちの大会、BRCIには、多くの元エホバの証人や、現役の証人が集まりますが、多くの人々が、エホバの証人の教義の一部は持ち続け(たとえば三位一体の否定)、他の部分(たとえば1914年の意味、統治体の権威、輸血拒否など)は完全に捨て去っています。夫々の人が、自分の納得した形で自分の信じる道を選び、ものみの塔の組織とは決別したり、浅く交わったりしていますが、別に自分たちの新しい組織を作るわけでもありません(一緒に自由な集会を持つことはありますが)。今後も情報や意見の自由な交換により、エホバの証人社会にこのような変化が広がって来るかもしれません。その意味で、あなたは決して孤独な存在ではないことを覚えて下さい。