「こんな長老もいます」−主宰監督の方より

(7-27-01)

編集者様
 ご多忙なお仕事の傍らのサイト運営に心から敬意をお払いします。更新されるのを楽しみに拝見
しています。
 わたしは現役の長老で,フルタイムの世俗の仕事(嫌いな表現ですが)を持っています。会衆で
は主宰監督として長年奉仕しています。かつては正規開拓者でしたが子供を持ち人並みの生活がし
たくなり15年前に伝道者となりました。今は一年に一回補助開拓をするのが精一杯です。
 もともと冷めた気質の持ち主であるわたしは,1975年がハルマゲドンと声高に叫ばれても全
く信じていませんでした。この組織が「神の組織」と言われても「不完全な人間の組織」であるこ
とを多くの周りに起こる事実が物語っていました。しかし,組織の中で用いられたいという意識は
大いにあったので,大会で特権(これも嫌な言葉です)を戴くのは喜んでいました。組織に幻滅を
感じながらも,表に出すことなく何時もニコニコ良い長老だったわけです。
 仕事でインターネットに接するようになったここ数年は貴サイトのような情報源で多くのことを
学びました。勿論,インターネット情報の全てをそのまま受け入れているわけではありません。そ
れでも「冷めた」から「醒めた」への変化を自分のうちで経験しました。広島事件の当事者の証言
や,「良心の危機」などの情報は貴重なものであり多くの証人に知って欲しいものです。
 エホバへの信仰は持っており,聖書を学ぶのはますます興味深くなっています。しかし組織が述
べることには,選択しながら対応するつもりです。わたしに今出来ることは,愛する会衆の仲間た
ちに「賢くあれ」と教えてあげることです。クリスチャンとして人生を楽しみつつ,信仰を保って
歩むことには,今でも十分に可能だと思っています。幸い,現在の会衆は和気藹々とした雰囲気で
仲良く交わっています。
 何時まで終わりが近いという「緊急事態」で毎日生活できるはずもありません。信仰を日常生活
で表せればいいのではないでしょうか。開拓者を降りたって,長老を降りたって自尊心を失う必要
は全くないのですが・・・・。もっと気楽なエホバの証人が増えるといいのですが。
 思ったことをまとまりもなく書いてしまいました。またお便りさせてください。

《編集者より》
あなたの心境は、同じように主宰監督である「物事をありのままに考えるエホバの証人」(昨年今年の投稿を参照してください)と、非常に近いと私は思いました。組織の忠実な僕になるのではなく、「醒めた」心で自分の良心を働かし続けるという態度と言えるかもしれません。「何時まで終わりが近いという『緊急事態』で毎日生活できるはずもありません。信仰を日常生活で表せればいいのではないでしょうか」というあなたの見方には、全く賛成です。そうすると、一体エホバの証人であるということの意味は何にあるのでしょう、という疑問に突き当たります。エホバの名のもとに、高い道徳的な水準を保って交わる、社交団体ということになるかもしれません。これで団体の外の世界への偏見を取り去り、内と外の世界の壁を取り去れば、「牙を抜かれた」エホバの証人の組織が出来るかもしれません。そのような時が来るでしょうか。