「もう潮時かもしれない」−大会での感想

(7-20-01)

Yです。先回「14年の経験」を大胆にも投稿した者です。またメールします。
ちょっと思うところがあったからです。
今日から三日間、地域大会が催されます。今年はいつもとは違う感覚で大会に臨みま
した。初めからこういう覚悟があった訳ではありません。会場へ来てそう感じたんで
す。「もう潮時かもしれない」って。
エホバの証人の社会では、組織に認められて成功した人しか受け入れられません。私
のようにドロップアウトした人間は遠ざけられます。こちらから近づいても、みんな
は困ったようになって、そこそこの挨拶で、そそくさと離れて行きます。わたしがま
るで交わりに注意しなければならない、と宣告された人のように。こう書けば、考え
方の消極的な人物という目でしか見ないでしょう。このサイトに訪問される皆さんで
もそうでしょう。しかし私は長い間努力はして来たつもりですが、私はこの社会では
もうまともに相手にされないのです。おそらくこの気持ちは、そして私の状況は誰に
も理解されないでしょう。私の方に問題があるということで片付けられるでしょう。
村本さんも心理学者としてやはりそう思われるでしょう。
私は今日、バックの最上段で座っていました。休憩時間、大勢の人々がざわめきの中
でゆっくりと動いています。この社会はなぜ私を排除したんだろうか、私は思わずに
はおれませんでした。私は聖書を本当に信じました。聖書の神を信じました。もちろ
ん特に優れていたわけではありません。はっきりいって不器用なほうです。それでも
私はエホバは個人的に顧みておられる、誠実な努力を見てくださっていると信じてき
ました。でも、この社会は私を受け入れはしませんでした。私は有能ではなかったか
らでしょうか。エホバの証人にとって有能であることは、まじめにコツコツやること
ではなかったのかもしれない。人間関係の間を渡る要領を見誤ったのだろうか。私は
今日ほど孤独を感じたことはこれまでありませんでした。ほんとうに誰かたすけて
〜って声をあげそうになったんです。はっとわれに返ったとき、「潮時か」と思って
しまったのです。
エホバの証人の社会を去るには慎重でなければならない。第一、恐怖があって去れな
いのです。ものみの塔の教えに忠実に従ってきたので、この社会の外に人脈は全くあ
りません。自分という人間の土台であった基盤を一瞬に失うことへの恐怖はそう簡単
に乗り越えられないのです。しかしこのまま続けていても、私は無駄に人生の時間を
消費するだけです。聖書のいうとおりです、優柔不断な人間は何一つ得ない。だから
私は行動しなければ・・。急いで決断をする必要はない。でも決断をするために私は
準備を整えて行こう。心が固まった時には断固として行動しよう。
ステージでは多くの経験が話されています。みんなうまくいった経験ばかりです。ま
るで物事がきれいに運ばなかった私は間違っていた、と言わんばかりに。私は知って
います。一つのいい経験の脇には無数の犠牲があることを。みんなは知らないことか
もしれない。あるいは目を背けることかもしれない。しかし現実には、世の中は理屈
どおりにやってそんなにきれいな結果が出るものではないのです。そして物事がきれ
いに運ばなかった人たちも、うまくいった人たちと同じだけの誠意を持っていたので
す。このつたない投稿を読んでくださるみなさん、このことにどうか思いを向けてく
ださい。物事のきれいな一面だけしか見ないのに、どうして「理性による神聖な奉
仕」などと言えるでしょうか。
大会、明日と明後日はもう休むことにしました。一人で落ち込んでいても何も前へは
進まないので、明日は映画「ハムナプトラ2」でも見に行こうと思います。ああいう
映画なら気分も変わるだろうと思います。
このHPに出会えたことは私にとっては幸いでした。人間は何かの判断をするのに、
必ず事実にもとづいて判断しなければならないと思います。事実を知ることが出来た
のは絶対良かったです。
さようなら。もうこれで投稿はしません。暗い話ばかり送って申し訳ありませんでし
た。

《編集者より》
私も何回か大会に出席しましたが、その雰囲気は心の一致を目的とした「気勢大会」そのものでした。従って、その中で冷めた頭で「ちょっと待って」と考える人は、熱に浮かされた空しいうわ言と感じるか、異様な群集心理のエネルギーに圧倒されるか、虚無感に陥るか、いずれにせよ「疎外感」に支配されることは、私自身の感じでもありました。あなたのように冷めた頭の人には余計その感が強かったのではないでしょうか。この疎外感は結局、組織に引っ張られて自分を見失いかけた人々の中で、自分の自発的な考えと行動に目ざめた人々に共通する感情だと思います。それはちょうど、現代社会の一人一人の人間の力を超えた大きな歯車の中で、歯車の一つの歯に成り下がった人間の感じる疎外感と共通しています。歯車のようなものみの塔の組織の中で一人一人の固有の人間性を見出して確立することは非常に困難なことです。あなたの状況は確かにあなたの性格から来る要素もありますが、逆に言えば、あなたのような人々がまず、この組織の矛盾を真っ先に感知できる特異な立場にいるわけで、そのような人々への組織の扱いこそが、この組織の実態をよく見せるのだと、私は感じます。

なお、私は心理学に興味があり、人の心についていつも考えている人間ですが、「心理学者」ではありません。