エホバの証人達と研究するのに疲れを感じてきた現研究生の方へ−私の場合

(7-8-01)

こんばんは。
三回目のメールを送らせて頂きます。
「エホバの証人達と研究するのに疲れを感じてきた現研究生」の方のメールを拝見し
まして、私も同じような経験をしましたので、私の場合と、エホバの証人の常識に関
する考え方で私が感じた事を書かせて頂きたいと思います。

私はエホバの証人二世として育てられてきましたが、同じエホバの証人同士であって
もそのような事はありました。
私が中学生の頃(今から15・6年前ですが(^^;))、私が属していた会衆では正
規開拓者に二世の家庭聖書研究を司会してもらうというのが流行り(?)ました。
私の司会者になった当時の開拓者の姉妹(私がバプテスマを受けた年に不道徳で排斥
になりました)がそういうことを平気でする人でした。
自分の都合で研究の日を勝手に変更し、変更したのを連絡もせずにいきなり夜に家に
来て、研究となったりしました。しかもその時は長老まで連れてきていました。玄関
先でそのような事をされれば、誰でも断る事なんて出来ません。
毎週毎週長老を連れて来ました。当人の私の承諾も得ずに、研究の時間の変更をした
り、勝手に他の兄弟・姉妹を連れてきました。
しかも、その研究には母親も必ず同席していました。そんな中で、「言いたい事が
あったら、何でも遠慮なく言ってね」などと言い放っていました。母親・司会者・長
老の3人がいる中で、自分の思ったことなんか言えるはずがありません。大人ですら
長老には言えないのに、中学生だった私が言えるはずもありません。
毎週胃が痛くなったものです。

あと、その人の性格なのでしょうが、時間にルーズな人でした。
平気で研究の時間に遅刻していました。30分位はザラでした。これにも困った覚えが
あります。
その姉妹は南米に留学していたとかで、「南米は時間にルーズだからその癖がぬけな
くて…」などと言い訳をしていました。いい大人のする言い訳ではないですよね。
私にとってあの時期は思い出したくないです。
「若い人が心配だから」「愛を示しているから研究しに来てくれるんだ」と、同じエ
ホバの証人同士ですらこうですから、一般の人に対しても甘えがあるのではないかと
私は思います。

「エホバの証人達と研究するのに疲れを感じてきた現研究生」さんは良い方なのです
ね。
私だったら、同じ事されたら頭に来ます。
しかも毎週そうなるとかなりのストレスを感じることと思います。
私の母は家を書籍研究で場所を提供していますから、「ますは一般常識を身に付ける
のが先でしょう!!」とお思いになるのは解る気がします。
私の家は10年以上書籍研究の場所になっていますから、皆それが当たり前になってし
まっていて、「書籍研究の場も王国会館と同じ」という感覚が薄くなっていると思え
て仕方ありません。
私がまだ集会に行っていた時(もちろん今も)、具合が悪くて寝ていたりしてても、
集会が終われば皆交わりが始まります。それは構わないのですが、具合が悪くて寝て
いると知っているはずなのに、凄くうるさいのです。2階の部屋に全部筒抜けになる
くらいに盛り上がっているのです。
毎週人が20人程出入りすれば、普通に使う家より痛みも激しくなります。でも口では
「いつもありがとうございます」というだけですし……。実際に何か出来るというわ
けでも無いですからそれは仕方がないにしても、もう少し考えて欲しいです。
集会をしている部屋に絵を飾ってあるのですが、集会が終わってから長老の子供が走
り回り、絵の額を倒してしまいました。長老夫婦は謝りもせず、最初に言った言葉が
「駄目でしょ!!そんな事したら!!ウチじゃそんな高い絵弁償できないんだからね!!」です。
頭に来ました。まず謝ることもしないなんて、何考えてるんだろう、と。

長老の子供は年齢に関係なく、皆からちやほやされてますので、やりたい放題ですね。
相手が長老では誰も何も言えないというのがありますし。それも何だかなと思います。


常識が無いというのは、私自身にもあてはまります。
この前友人に「あなたは何かに夢中になると周りが見えなくなって、他人に気遣いが
出来なくて、自分勝手」とはっきり言われました。
自分では少しはマシになったかと思っていましたが、とんでもありませんでした。
気を遣っていると自分で思えていてもそれは「つもり」であって、相手には全くそう
でなかったのです。
ショックでした。でも本当の事なので、何も言い返せませんでした。

「カルトの子」の本に出ていたように、人間関係が私も下手です。昔から友人に対し
て気後れしてしまい、「私なんか…」とつい思ってしまうのが多かったような気がし
ます。
私にはそういう思考が染み付いてしまっていると、改めて思い、これを克服するのは
並大抵ではないなとも実感しました。

エホバの証人の教え通りに子供を育てれば真人間になる、と私の母親は信じて疑って
もいなかったようですが、自分の経験からするとそれは無理です。
逆に歪んで常識の無い人間が育ってしまいます。同じエホバの証人同士では甘えがあ
るし、他に対しても「自分は神の教えを伝えているのだから」とか「所詮世の人は」
などといった変な甘えがあると思えて仕方ありません。

「人はまいたものを刈り取る」ので、私はこれから「刈り取る」のだと思います。
自分にとっては嫌なことがあるかもしれないですが、なんとか克服したいと思います。

また、エホバの証人を好きになった方や、二世として育てられた方を好きになった
方、私のように未信者を好きになった方…辛いと思います。
好きという勢いだけでは片付けられない問題も出てくるはずです。
常識を身につけているか、という点においてもそれは当てはまると思います。乗り越
えられるように何か良いアドバイスなどを頂けたら嬉しい限りです。

長々と生意気に偉そうな事をかいてしまいまして失礼します。
編集者様も無理をせずにこのHPを管理していって下さい。
また励みを得たい時に皆様の意見を拝見させて下さい。

《編集者より》
これは『「結局は自分なのですね」−未信者との結婚について−その後』を投稿して下さった方からのものです。エホバの証人の「非常識」「世間知らず」の行動の根源はあなたも感じていると思いますが、「自分たちだけは『世』と違う」「自分達だけは特別である」という意識が常に支配しているために、自分を周囲に合わせるという習慣が全くできていないことにあるように思います。この「選民意識」を捨てて、組織に関係なく広く隣人にサービスをする態度を身に付けることが、元エホバの証人の必要な視点ではないでしょうか。