「感謝のメール」−pendulum

(7-6-01)

こんにちは。pendulumです。今回はJWICでの村本さんの編集後記
を読んで、村本さんに感謝のメールをどうしてもひとこと差し上げたくなり、
このメールが村本さんの貴重なお時間をさらに圧迫させてしまう可能性
を危惧しながらも、送らせていただきました。当然、お返事は結構です。

村本さんのHPは、本当に数え切れないほどのさまよえるJWを救ってこら
れたと思います。そういう私もこちらのHPのおかげでそれまで決して知ら
されることのなかった組織の実体を知ることができ、クリスチャンとして目
覚める重大なきっかけをいただけたことに本当に感謝しています。

インターネットというインフラを通して、見ず知らずの方から自分の人生
に大きな変化のきっかけを与えられたというのは、実に不思議なものです。
と同時に、本当ならいくら感謝してもしきれない方に対してこれと言った
お礼ができていないことに申し訳なさも感じています。

最新の「編集後記」を読んで村本さんが、本当に忙しい時間の合間
を縫って一人でも多くのJWの目を覚ますためにまったくの善意とボラン
ティアの精神でHP作成に励んでおられる様を知りました。自分の頭の
中では、村本さんもご苦労がおありだろうなどとそれなりに想像しては
いたものの、ご自分の生活のある部分を本当に犠牲にし、時には自分
の体に鞭打って活動を続けておられる姿は、エホバの証人の中で、まさ
しくそうするよう促されている「自己犠牲の愛」の表れと言うほかありません。

一方でJW内で言われる「自己犠牲の愛」の実体が「神の愛」に倣った
ものではなく、「組織への盲目的献身」に成り下がっていることのなんと
多いことかを考えると、真の愛を示しているものは誰かと言うことに関して
大きな皮肉を感じざるを得ません。

私の思想体系は現在スクラップ・アンド・ビルドの真っ最中です。数学
や物理のようにきれいに答えを出せない宗教の領域でクリスチャンとして
自分の信条を構築するのに、神に頼ることと個人研究によってでしか
そうすることができないというのは、幼い頃から組織に頼ってきた者にと
っては、精神的に非常にエネルギーを使うようです。しかも、組織にとど
まりながらもそのベクトルに逆らって、組織によって与えられたパラダイム
から脱け出すことは容易ではないと感じています。

時々、自分は何をごちゃごちゃ観念的で実のないことを考えているん
だろうとイヤになることもあります。単に社会に役立つような仕事を生
涯やっていければそれでいいじゃないかとか、愚かにもなんだか一切
を投げ出したくなるような気持ちになることも正直言ってあります。これ
からの将来をどう切り開き、どう歩むべきなのかまだ決着がつきかねて
いる状態です。

でもこのHPのおかげで、同時にたくさんの悩める「目覚めた」JWがいる
ことを知ることができました。本当に感謝しています。引き続き心からこの
HPを応援します。

《編集者より》
大変親切丁寧なお言葉をかけて頂き、誠にありがとうございます。編集後記に書きましたように、読者の方の励ましが私にとって何よりの喜びとエネルギー源であることは確かで、あなたのお言葉は私にとっては高カロリーのエネルギードリンクのようです。ただ、余り私個人が注目されることは希望しません。確かに苦労も多いのですが、所詮はこれは私が好きで始めて好きで続けていることですので、他の多くの非営利で有用なウェブサイトと同様、決して特別なものではありません。ただ、この活動によって多くの人が何かの役に立って頂ければそれでいいというだけです。たとえば、私自身幾つかのフリーソフトウェアをダウンロードして使っていますが、いつもそれらを使うたびに、インターネットの上でこんな便利なものを提供してくださる方々に感謝しています。インターネットの世界にはひどい事も行われていますが、このような互いに助け合う隣人愛の世界もあることを知ることは、インターネットの大きな魅力であると私は感じています。