「JW組織と証人信者とは区別して考える」−「証人を妻に持つ一人の夫」より

(6-19-01)

1年前より、毎回、当ホームページを楽しみに拝見しております。
主宰者の村本さんにおかれては、日々の医師としての仕事がある中で、
大変骨の折れる仕事と思いますが、証人を家族に持ち、途方にくれて
いる多くの人々がいる事をご配慮していただき、今後ともご尽力を戴き
たいと願っています。

私は46歳で、現在、医療・福祉関係のコンサルタントをしております。
私の妻は、昭和57年頃より、JWの研究生になり、昭和60年にバプテスマ
を受け、以来、正規開拓者として長年、熱心に活動してきました。
JWについては、私も、昭和59年頃、一時期研究したことがありますが、JW
のテキスト(当時は「地上の楽園」の赤本)を、聖書を辞書がわりにする勉強
方式に直感的に不審を感じ、直ぐに辞めました。その後、昭和60年に川崎市
で所謂「大ちゃん事件(輸血拒否で証人の子供が死亡)」が起こり、JWは間違
っているとの確信を持ちました。

それ以来、妻との果てしない論争により、何度も家庭崩壊の危機に陥り、子供
達にも生涯消えることのないトラウマを与えてしまい、悔やんでも悔やみきれない
思いがあります。
当時は、JWについての知識、情報もなく、また、もともと理性的で慎重な性格の
妻がJWを批判した途端、能面のような無表情になったり、急に激昂したりと
まるで2重人格者のように思えて、人間不信に陥りました。
親兄弟や会社の同僚、友人にも相談できず一人で悩んで、時には反対する自分が
悪いのかと自虐的になってしまうこともありました。
集会のある平日の日は、電気の消えた家に帰るのが嫌で仕事が無くても会社に
遅くまで残り、せっかくの日曜日も子供を集会に行かせないように外に連れ出す
のが精一杯で、一体、証人の妻を持つ他のご主人方はどうしているのだろう、自分
だけがこんな情けない姿なのだろうかと思わずにはいられませんでした。

そのような状況から、この数年間は、キリスト教の関係者等によるJWに関する本が
多く出るようになり、また、インターネットでもJW関連のホームページが立ち上がり、
本当に一変しました。
証人を妻に持つご主人方とも、いろいろ意見交換することが出来、自分だけでなく
多くの人々が悩み、苦しみ、家庭崩壊の危機を抱えながら、助けや慰めを求めて
いることを知りました。
このことは私にとって大きな励ましになっており、妻とは長期戦を覚悟しながらも
もう一度、妻とやりなおしをしたいと考えるようになりました。

その出発点として、JW組織と証人信者とは区別して、考えたいと思っています。
JW組織の間違った教義、欺瞞的な体質、閉鎖的な独善、マインドコントロール
については、徹底的に追求しますが、大多数の末端証人信者は純粋であり、
ある意味では組織の犠牲者でもあります。
JWの中だけしか人間関係を持てなくなった妻を、組織から切り離してもう一度
一人の人間として捉えることは、頑なな性格の私にとってとても難しいことですが、
今は、夫しての最低限の義務かなとも思っています。
妻は、相変わらずJW組織への信頼は厚いのですが、昨年秋より何か心境の変化が
あったのか、正規開拓者を降りたようです。

ここ十年、JWの教義も大きく変わってきました。おそらく段々穏健な宗教団体として
生き延びていくことでしょう。
近い将来、輸血についても全面解禁の時が来るように思えます。
その時に、JW組織がどのような弁明をするのか、注目しています。
この人の命に係わる輸血の教義変更において、もし、JW組織が過去の教義変更の
ように、証人信者や家族に大して何の謝罪もなく、あたかもそのような教義はもともと
無かったかのように振る舞うのであれば、その時は断固としてこの不誠実な欺瞞組織を
告発します。

「証人を妻に持つ一人の夫」より。

《編集者より》
「JW組織と証人信者とは区別して考える」というあなたの姿勢は原則的には賛成ですし、私も何度もそのようにこの場で提唱してきました。ただよく見てみると、「多数の信者を支配する少数の組織指導者と、それに盲従する純粋な信者の群れ」という図式では、簡単には片付かない実態があるように思います。多くの証人の方々の証言を総合すると、ほとんどの証人は「加害者」と「被害者」の二つの側面を持って生きています。証人としての最大の課題が「伝道」「奉仕」という名の信者獲得競争である以上、ほとんど全ての信者の生き方の中に、組織の方針を実行に移す「加害者」としての原動力があることは否定できません。だからと言って、一人一人の証人の責任追及をしろと言うわけではありませんが、少なくとも末端の証人一人一人に組織の一員としての責任の重要性を実感してもらう必要があるのではないかと思います。