聖書に新鮮な感動を感じる研究生

(6-19-01)

はじめてお便りいたします。**と申します。

私は、研究生になってもうすぐ5年になる二児の母です。
去年まではエホバの証人のいうことが真理だと信じ、私が献身する
決心がつかないのは自分の弱さのためだと思っていました。

些細なことかもしれませんが、誕生日やクリスマスを祝ってはいけない
というのが納得できませんでした。自分一人のことなら我慢できても
それを子供に守らせるというのがとてもかわいそうでできないと思いました。
また、平日の夜の集会や奉仕に子供をつれて歩くなど、私にはできないと
思いました。でもそれは、私の信仰が弱いせいで、真理を知った今、この
組織に入らないならそれはサタンを支持することになるのだ、そんなこと
なら何も知らない方が良かった、でも子供たちの将来は私の決心にかかって
いる…。そんなことを思い、非常に悩みました。

しかし、去年の年末頃からインターネットでいろいろな情報を得て、この
組織が私が思っていたような神の組織ではないということが確信できるように
なりました。それどころか、真剣に神を求めようとしている誠実な人々を
惑わせ、その人生を大きく狂わせていると知り、私は非常に動揺しています。
私はまだ研究生ですので、今研究をやめても私自身は何も失うものはありま
せんが、私の姉が証人です。

私の父は昔、研究生でした。結局信者にはなりませんでしたが、
エホバの証人に対しては好感情を持っていたようです。
また、私の姉も父の元に来ていた証人にすすめられて研究を始め、
やがて信者となり、エホバの証人二世の方と結婚して現在では
一児の母となっています。

姉が信者となった時も、証人二世の方と結婚する時も、私はエホバの証人に
ついて大した知識はなく、「輸血拒否をするのでちょっと変と思われている
けど、一般人にくらべればとても真面目で信仰心のある人たち」くらいに
思っていました。
独身の頃は自分の生活に満足し、姉の忙しく窮屈そうな証人生活をみていた
ので自分はかかわりたくない、と思っていました。

ですが、やがて自分が結婚して姉の元を離れ、母親になった時、地元の証人が
宣教にたずねて来ました。何度かは断ったり居留守を使ったのですが、これが
姉だったらどんな気がするだろう、姉も同じように冷たく人々から断られて
いるんだろうか、と思うと気がとがめて、結局何度か話しているうちには、
育児に関しても有益な助言が得られるかもしれないとも思い、研究を始める
ことになりました。

司会者の方はとても気さくで親切で、今でも姉のような親しみを感じています。
でも、この方も、この方のお子さんも、そして私の姉も義兄も小さな甥っ子も、
みんなエホバの証人の教えに従って、聖書の本当の福音から遠ざけられ、遠い
将来の手にはいるかどうか分からない救いのために、今現在の人生と、これから
の人生を狂わせられてしまうのかと思うと、苦しくてたまりません。

こちらのサイトで紹介されていた参考文献なども読みあさり、何とか司会者や
姉たちに組織の教えへの疑問の種をまけないかと思っていますが、私ごとき
ではとても太刀打ちできないとも感じています。
それに、正統なクリスチャンでもない私に、本で読んだ知識程度で『本当の福音』
を語る資格があるのだろうかとも思います。
また、もし組織の間違いを伝えられたとしても、それが現役証人にとって
どんなにつらいことになるかということも、いろんな体験談から想像がつきます。
いろんなことを考えると自分は何をすべきなのか分からなくなります。

今現在、姉とは離れた場所に暮しているので時間をかけて話すことは難しい
状況にありますが、少しづつ、研究生の立場から疑問を投げかけてみています。
また司会者の方は、ここ半年の間の私の変わりように驚いているようですが、
真剣にとりくむようになったとも思っているようです。

確かに、この組織の実態を知ってからは、今までにない真剣さで聖書を開いて
います。そして、正統的福音派教会の教えと照らし合わせながら聖書を読むとき、
今初めてみことばにふれたような新鮮な感動があります。5年近くも聖書研究を
していながら、今まで何をみてきたんだろうと思います。

何とかして、このことをエホバの証人の方に伝えたいのです。
今では研究の予習のため、『論じる』や様々な書籍を開いてそこに書かれたものを
読むたび、非常に嫌悪感を感じるようになってしまいました。

何とかしたい、何かするべきだという気持と、私なんかに何ができるだろうか、
何かする権利も資格もないんじゃないだろうか、という気持が入り交じっています。

一度近所の教会へ行ってみましたが、そこではエホバの証人に対しては異端で
あるとは言っていましたが、「私たちには何もできません。祈るだけです」と
言われました。
私は毎日祈っています。「主よ、あなたを真剣に求めているエホバの証人たち
をお見捨てにならず、彼らに、また私にも本当の真理の道をお示しください」
と祈っています。でも、だれかが何かしなければ、何も変わりません。

長々と愚痴のように書いてしまいまして申し訳ありません。
いつも読者の広場での村本さんのお返事を読んで、5年の研究の間に私の頭に
染み込んでいたエホバの証人の考え方を少しずつほぐしてもらっていました。
なにか助言を頂ければうれしく思います。

最後になりましたが、このホームページに出会えたことを本当に感謝しています。
一体どれほどのエネルギーと時間がかかったことかと思います。想像を絶する
ご苦労があったかと思いますが、どうかこれからも続けていってください。
研究で不毛なやりとりをした後など、萎えてしまった心に勇気と新しい力を
つけてもらっています。

村本さんとご家族に神の祝福がありますように。

《編集者より》
「何かしたい」が「何ができるだろうか」という気持ちは、組織に全てを捧げるエホバの証人を家族に持つ人々がよく経験する問題です。結論から言えば、あなたも書かれているように、時間をかけて対話を続けることであると思います。直に結果は見えないかもしれません。しかし焦りは禁物です。文面から推察すると、あなたも多くの元証人、研究生と同様、聖書と神への関心を持ちつづけていられるようですので、キリスト教関係の元エホバの証人グループとの交流が、あなたには合っているかもしれません。近所の教会は無理でも、インターネットで連絡をとれる教会はいくつもあります。この読者の広場にも幾つかの教会の代表者が投稿しています。メールを使って相談してみてはいかがでしょうか。