もうエホバの人達と研究するのに疲れを感じてきた現研究生

(6-5-01)

もうエホバの人達と研究するのに疲れを感じてきた現研究生です。
最初の頃は「まあ、いいか」と思っていたのですが、だんだん「この人達はマナーを
知らないのだろうか?」と
思うようになりました。
家では決まった司会者が家に来て勉強してるんですが、時々「今日は○×さんを連れ
てきました」と言って
3人でする事もあるんです。
うちではお茶と茶菓子を毎回出していて、それは全く私の気持ちなので構わないんです。
彼女達もそれを当てにしてないという事も承知しています。
でも最近になると2〜3人突然連れて来たり、後からチャイムの音がして玄関に出る
と家に来るように誘われて
いたらしいお仲間が立ってらして・・といった具合で、そういったことが頻繁になってきたんです。
慌てて追加のお茶の用意するのも何とも思わないようで・・・。
家は集会所じゃないんですよ。
他人の家なのに、自分の家の如く事前に断るでもなしに誘ったり、連れてくるのって
世間では非常識っていうんじゃないでしょうか?
他に連れてくる仲間が常に決まっていて、その人と来たり来なかったり・・・であればいいのですが、
その都度私にとっては知らない人が来る事に憤りを感じるのです。
ご自分では紹介してるつもりなんでしょうけど、「いいですか?」と玄関で言われて
断れるはずもありませんよね?
私にしてみれば司会者は司会者であって「お友達」でもないのに。
そして研究が始まると、相も変わらずネットで調べている私にサタンに惑わされてい
るとレッテル貼りが始まるし。

エホバに限らず創価学会も似たようなものですが、組織内でしか付き合いがなくなる
とマナーも忘れるんでしょうか?
私こそ言いたい!
「聖書の研究よりも、まずは一般常識を身につける方が先じゃないの?」と。
このまま続けていっても、彼女達は統治体の教えに基づいての聖書研究である以上、
やはり私の希望するところとは異質のものを感じるし、常にサタンから離れるように
指示されるのにもうんざりです。
明日、このモデルハウス会場と化した現状に終止符を打つつもりです。
そして近所の教会で聖書を学ぼうと思います。

《編集者より》
あなたの経験されたことは、現実に多くあるエホバの証人の問題点の一つであると思います。問題は、エホバの証人が「奉仕」を社交活動の一部として扱っていることです。たとえばある長老が別の会衆から訪問に来ると、「ではご一緒に奉仕に」とまるで接待ゴルフにでも出るように、「接待奉仕」に出ることがあります。ある時は「今度の研究生はこういう人よ、あなたと会うかもしれないから、一度一緒に来ない」というような具合で、まるでペットショップの犬を見に行くような気分で奉仕に来る証人がいることです。また家庭聖書研究は、新米のエホバの証人の「見習い実習」としての役割も果たし、そのために、入れ替わり立ち代わり別の証人を連れて来る事もあります。このように奉仕が一種の社交活動化すると、それに使われる研究生に様々なしわ寄せがくるわけで、あなたの「マナーを知らない」という印象はその辺のところから来るように思えます。