集会の時間と疲れ

(5-17-01)

去る4/22に投稿されています「集会の曜日、エホバの証人の疲れ」に対しての
私の見方と意見ですが、少しでも参考になればと思いましてふつつかながら、まず
毎週の集会の曜日ですがこれは一律に決められているわけではありません、私の
会衆では王国会館を1会衆で使用しているために日曜日の集会は動かさないとし
手も午前何時からまたは午後何時からとかの変更はその会衆の成員の都合で動
かしていました。書籍研究はこれも成員次第です群の方々の都合を考慮して決め
られていますし昼間に行われている群もあります。また神権奉仕の集会も会衆の
成員次第で曜日が決められている処もあります。でも基本的には日火木です。
一つの王国会館をいくつでも使っている会衆では成員の希望も組み入れながら最
も良いように決められていると思います。しかし3回の集会を減らすことは絶対にあ
りません、次にこの3回の集会ですが1世紀のすべてのクリスチャンが週3回も集
まって聖書を学んでいたかどうかは聖書にはありませんし今のようにきちんと決ま
った日付時間に集まっていたかも書かれていませんしまた毎回大変で益の少ない
年に3回の大会についてもふれていないのです。書かれているのは「何々のところ
で集まり合っていた」という情報だけで「集まり合うことをやめたりせず」と書かれて
いるだけなのです。私としては書籍研究の集会は必要ないと考えています。これは
神権学校の中に入れ15分の質問と答えの扱いで良いのです。わざわざ忙しい思
いをして集まる必要はありません。特に現在の書籍はつまらん
次に多くのエホバの証人の疲れについてですがこれは多くの方々がこのHPでのべ
られている通りですし編集者の方のおっしゃるとおりです。
大変な思い忙しい思いをしながらよく頑張っておられたようですね。
ものみの塔協会の一方的な導き方には注意を払う必要があります。特にそのミソと
なるものに「王国宣教」があります。読み手はよ〜くよ〜く協会の意図を洞察して読ま
なければなりません、その書き方はそれをしないならばあたかもクリスチャンはおろか
エホバの証人として不適格者のような書き方をますし協会の利益にならないことはす
べて悪いことのように書かれていて、いやおうなく成員をそうさせてしまうのです。
それでほとんどのまじめな人(まじめだからクリスチャンになっているわけですが・・)は
それが自分の成すべき事であると思いこまされて自分の立場、生活状況の事よりそち
らを重視させられる思いを持つようになります。そしてそのように行動するとそこに歪み
大きなギャップが発生して落ち込んだり憂鬱になったりして「私はエホバに嫌われてい
るのではないか」などと考えはじめ外から見ているとアホ.パーじゃないかと思えます。
エホバ神は出来ることしか望んでおられないのに・・
そうしてそうした自分の境遇悩みなどを巡回訪問の時などに巡回男に相談すると巡回
男は世間知らずの独りよがりの協会側の男なのではっきりした答えは言うことが出来
ず一層悩むことになっていきます。聖書と自分の判断ですべきです
私が長老だったときに私の幼いときからの友達だった兄弟の娘さんが2人とも高校を卒
業してまもなくの頃、「開拓者の申込書をいただけませんか」と言って来たので一応は
渡しましたが後でお父さんに「兄弟の娘さんたちは開拓者にして良いのか、しばらくは
世俗の全時間の仕事に就かせて状況を見てそしてからでは良いのではないか、」と訪
たことがありましたが、それは協会の様々なやり方や要求に倒れていく人たちを大勢見
ていたから訪ねたのです。「その兄弟は娘たちの判断にゆだねたい」と言いました。
しかし幸か不幸か分かりませんがその2人は現在活発に開拓奉仕をしています
ともあれ多くの場合、王国宣教に書かれていることを鵜呑みにして自分にそっくり当ては
めようとする人が多いです。それで自分に出来るところと出来ないところをよく考えて読
む必要がありますみんな一律には行かないのです、また協会の意図する裏ごとや自分
たちの不都合なども洞察して読まなければなりません。協会は自分の思い通りに大勢を
動かそうと躍起になりますがエホバ神はそんなことの一欠片も考えておられないので
す。聖書、自分自身の良心、立場、状況、環境などによって判断しましょう、協会の
諸々の 出版物は一つの参考ぐらいに考えましょう、巡回男や長老の助言は当てにしないように
しましょう、周囲に感化されないように注意しましょう。現在の協会のやり方の多くは
エホバの思いではないので多くの人たちが倒れて鬱状態になるのです。全くつまらん
「論語読みの論語知らず」・・「聖書読みの聖書知らず」と化したものみの塔協会です。
うまく表現できなかったことをお許し下さい。  それでは失礼します  P98より

《編集者より》
端的に言うなら、エホバの証人の方々、協会の大きな期待に沿う為に自分を犠牲にするのでなく、自分のペースで余裕をもってやりなさい、という忠告のように思います。私はこれは重要な忠告であると思いますが、近年、ものみの塔協会の幾つかの「自由化」に伴い、そのような割と「気楽な」エホバの証人が増えているのも、少なくともアメリカでは事実のようです。